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【遙か5】大過ノ策【高ゆき】

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大過ノ策



 薩長同盟が結ばれてから、早数ヶ月。高杉は仲間達の滞在している宿の庭で、空を――庭に植えてある木の天辺の方を見上げていた。厳しい冬の寒さも徐々に和らぎ、日差しも暖かくなってきた。木には花が彩りを添えていて、風は柔らかく頬を撫でていく。平穏という言葉が似合うような日だが、今の長州は戦の準備に追われている。高杉も万全の体制を整える為に方々駆け回り、日々忙しく過ごしていた。
 高杉は、長く溜息を吐いた。こんな日を穏やかに過ごしたいと願うのは、儚い夢だと心の奥底に仕舞い込み、やるべきことがあるのだからと自分を律する。
 春の訪れをゆっくりと楽しむというわけにもいかないが、それでも新たな季節の訪れを感じては気分も上向くというものだ。少しは疲れも癒される。
 今の高杉は平素の服装ではなく、変装用の目立たない着物だ。今日ここに立ち寄ったのも、龍神の神子であるゆきに、今日は八葉としての仕事は出来ない事を伝える為だった。いや、実際はそれを口実に、愛しいゆきの顔が見たかっただけなのかもしれないけれど。
「高杉さん」
 宿の者に呼ばれ、急いで庭へ降りて来たのだろう。軽く息を弾ませているゆきに、高杉はふと口元を緩めた。そんなに急く事もないというのに、こういう所が可愛らしい。
「あぁ、ゆき。俺はこれから少し出かけてくる」
 だから今日は休んでいてくれ、そう告げるとゆきは眉根を寄せた。
「今日もですか? また、誰かと約束?」
「いや、そういうわけではないが、俺は色々とやるべき事があるからな。相手をしてやれなくて悪いが、お前はゆっくり休んでくれ」
「……」
 ゆきはじっと高杉の顔を見上げたまま、黙り込んでいた。長い睫毛が縁取る大きな瞳が、高杉の姿を捕らえている。あまりにも真っ直ぐに見つめられ、視線で穴が開いてしまうのではないかと思うほどだった。
「なんだ?」
「高杉さん、疲れてるみたい」
 ゆきの指摘に、高杉は一瞬言葉を詰まらせた。確かに多少の疲れは感じ始めていたが、疲労や痛みなど悟られないように振る舞う事には慣れている。軍を従える立場にあって、周囲に自分の弱味を見せる事などあってはならないからだ。しかし、彼女の目は誤魔化せないらしい。こんな指摘をされたのは、付き合いの長い桂以外には初めてだ。
 それに少し驚きつつも、高杉は真顔で、淡々と告げた。
「疲れたなどと言ってはいられない。時間は、いくらあっても足りないくらいなんだ」
「でも、休息は必要です。そんな事をしてたら、倒れちゃいますよ」
「そんなに心配せずとも、自分の限界くらいは分かっているさ。今倒れるわけにはいかないからな」
 けれど、ゆきは納得してくれなかった。真っ直ぐに高杉を見据えたまま、僅かに眉根を寄せた。
「……なんだ、まだ不満か?」
「嘘」
 鋭く言い放たれたその一言に、どくんと心臓が跳ねた気がした。
「だって高杉さん、笑ってます」
 続く指摘に、高杉は反論する言葉を失った。笑っていたのは自分で気が付かなかった。以前にも指摘された、嘘を吐くときに笑うという癖は、今も出ていたらしい。
「……ねぇ、高杉さん。本当に今やらなければいけない事なんですか? 少し休んでからじゃ、駄目なの?」
「夜はしっかりと体を休めている。食事も睡眠もちゃんと取っているのだから、大丈夫だ」
 しかし、ゆきは不満そうなままだ。青い瞳がじっと自分を見つめている。
 見た目は儚げで頼りなくも思えるし、色事にも疎く、何処か浮き世離れしているところもある――異世界から来た故かとも最初は思っていたが、同じ世界から来ている瞬や都の反応を見るに、やはり彼女は何処か違うのだと思う。
 そんな少女だというのに、他人の事には敏感で、聡い。そして芯は強く、強い意志を貫くような女性だ。だからこそ、自分は彼女に惹かれたのだと思う。
 けれど、この意志の強さは時に厄介でもある、と高杉は思った。どうあっても、ゆきは高杉のことを休ませたいらしい。
「はぁ……全く、お前は強情だな」
 気遣ってくれる気持ちは嬉しいし愛しいが、素直に従うわけにもいかない。今まで志半ばにして倒れた同士達の事、これからの事を考えると、自分がのんびりと休息をとっている事など許されようはずもないと思うからだ。それを告げれば、心根の優しいこの少女は否定してくれたが、やはり自分の考えはそう簡単には変わらない。
 だから、ゆきが諦めるような難題をふっかけてやることにした。一歩ゆきの方へと歩み寄り、その頬に手を添える。悪戯っぽく口の端を吊り上げ、少し低めた声で告げる。
「分かった。お前が添い寝でもしてくれるなら、今日は休もう」
 嫁入り前の娘が男と共に床に入るなど、流石に拒否をするだろう。なんて事を言うのかと、顔を真っ赤にして反論してくるかもしれない。
 そう思っていたのだが。
「良いですよ」
「……、は?」
 あっさりと言われ、高杉は思わず間の抜けた声をあげた。無理難題をふっかけたつもり、だった。しかしゆきはというと、何の問題があるのかとでもいう風に、平然としている。……目眩がした。
「ゆき、お前、分かっているのか!?」
 年若い男女が共に床に入るという事の意味。高杉だって、本当に手出しするつもりで言ったわけではないが、こんな風にさらりと流されては困惑もする。
「私が添い寝すれば、高杉さんは休んでくれるんですよね?」
「そうは言ったが、そういう意味では……大体、八雲にでも見つかったら何を言われるか」
 何を言われるどころではなく、今度こそ殺されかねないのではないだろうか。以前ゆきを温泉に連れていった時に誤解された時の事を思い出し、苦い気持ちになった。
「都は奇兵隊の皆さんと一緒に訓練に行ってます。夕方まで帰って来ません」
「し、しかし」
 ゆきは尚も食い下がる高杉の反論を完全に遮断し、
「お布団、敷いてきますね」
 花のような笑みを浮かべると、くるりと背を向けて小走りに部屋へ行ってしまった。
 高杉はただ呆然と、その背を見送っていた。



 ゆきの行動は素早かった。部屋を整えて布団を用意し、高杉を迎えに来た。そして、高杉の手を引いて、部屋まで連れてきたのだ。
 高杉は布団に入り、肘を着いて頭を支え、ゆきと向かい合うようにして横になっていた。ゆきは高杉に寄り添うようにして、腕に収まっている。睦みあう男女というよりも、ゆきが小さければ、子供を寝かしつける親のような感じになるだろうか。
(まったく、何故こんな事になってしまったのか)
 条件を飲まれてしまった以上、自分が言葉を違えて逃げ出すわけにもいかず、渋々とゆきの部屋へと入ることになった。大体、女性が滞在している部屋に男が入り込むというのも高杉はどうかと思うのだが、ゆきは全く気にしていないらしい。それとも気にする自分がおかしくて、ゆきの世界では当たり前の事なのだろうか。考えていると、頭が痛くなりそうだった。例えば他の八葉など、誰にでもこんな事をされたら、たまったものではない。普通の男なら誤解するだろう行為だ。
 そんな彼の心情など知る由もなく、ゆきは明るく笑っている。
「なんだか、懐かしいです」
 ゆきは楽しそうに話し始めた。