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【遙か5】大過ノ策【高ゆき】

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「小さい頃は、瞬兄がこうして寝るまで傍についててくれたりしたこともあったし、都と一緒にベッドで寝たりしたこともあって」
 思い出を語るゆきに、高杉は僅かに渋面になった。女性である都はともかく、瞬の事は正直な所面白くない。嫉妬などみっともないとも思うが、気になるものは気になるのだ。だからさっき気にしていた事を、疑問としてぶつけてみる事にした。
「……お前の世界では、こんな事は当たり前なのか?」
 ゆきは一瞬きょとんとしていたが、高杉の質問の意図を察したらしく、微笑んだ。
「誰とでも、ってわけじゃないです。女の子同士なら結構あるかもしれませんけど、男の人とは……瞬兄とだって、本当に私が小さい時の話ですから」
「そうか」
 言外に、自分が特別なのだと知らされ、今までのもやもやした感情もあっさりと霧散してしまう。案外自分も単純だなどと思いながら、高杉はゆきから顔を背けた。少し、顔が熱いのは気のせいではないだろう。
 ゆきは、穏やかに話し続けている。
「人の温もりって不思議ですよね。不安や恐怖も、消してくれるし」
 二つの世界の事――怨霊や陽炎との戦いや、戦に関わる事もあり、命の危険に晒される事も多かったのだ。それは、これからも続く。いくら仲間がいるとはいっても、こんなに緊張を強いられている生活が続けば、心が休まる事も少なかっただろう。
「……ゆき」
「でも、誰かの……大切な人の傍にいると、安心します」
 戦いの場に出れば毅然としているが、ゆきは元々平和な世界にいた、まだ年若い少女なのだ。そのことを改めて思い知らされ、少し胸が痛んだ。
「高杉さんの隣は、暖かくて、優しくて……気持ちが落ち着く」
 信頼と愛情を寄せてくれているのが分かる。これは彼女の本心なのだろう。けれど。
(あまり安心されるというのも、俺としては複雑なのだが)
 今は私事にかまけている場合ではないし、度々疲れを見せている彼女の身体の事もある。今の彼女に負担をかけるようは真似はしないつもりだが、自分だって、ただの男なのだ。こんな状況でさえなければ、大人しくしてなどいないだろう。
「だからといって、俺みたいな悪い男にこんな事をしていると……取って食われても知らんぞ?」
 こつんと額が触れる程に近付いて、挑発的に低く囁いてみる。警告の意味も込めて。
 ゆきは高杉の頬を両手で包み込むようにして、触れた。そしてふわふわとした声で、返してきた。
「そんなこと、ないです。高杉さんは……優しい人だから……」
「全く、お前という奴は」
 こんな事を言われてしまっては、毒気も抜かれる。高杉は苦笑し、身体を離した。
 会話は止まり、部屋には時折衣擦れと、僅かに届く鳥の声や生活の音などが聞こえるだけだ。静かで、穏やかな時間だった。
 ゆきの髪を何度も梳いて、さらさらと指の間を零れ落ちる、絹のような感触を楽しむ。
 ゆきの声はさっきからふわふわとしていたけれど、本格的に眠気が来たのか、少しずつ瞼が閉じそうになっていた。それでも眠らないようにと、はっと目を開いては頭を振っている。
「眠いのなら、無理せず眠れ」
「でも」
 全く眠る素振りのない高杉の事を気にしていたらしい。
 しかし高杉としては、こんな状態では眠れもしない。それに、ゆきが眠るのなら自分は外に出る事も出来るだろう。
「お前も疲れているだろう。だから、眠れ」
 今更騙すようで心苦しくもあるが、こうしてしばらく横になっているだけで、少し休めたのも事実だ。そう説明すればいい、と頭の中で結論付けて、ゆきを寝かせる事にする。
 子供を宥めるようにぽんぽんと優しく頭をたたいてやると、安堵したのかゆきは頷いた。そして、
「……これからも……傍に、いて下さいね」
 ふわりと微笑み、小さな手が、きゅっと高杉の着物を掴んだ。高杉は髪を撫でていた手を止めた。
「参ったな……」
 こんな事を言われては、流石に離れられなくなってしまうではないか。それとも、全て見越してこれを告げたのか――考えすぎかもしれないが、事実は分からない。
 安心しきった表情で眠りに落ちたゆきの顔を見つめ、それから自分の顔を押さえて、高杉はそっと呟いた。

「俺としたことが、完全に失策だ」