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生誕祭

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 帝人は今、猛烈に困っていた。
 相変わらず見えない視界、自由にならない身体。しかし、そこからさらに悪い要素をプラスして、現在は何か狭い所に押し込められていた。先ほどまで不快な振動を伝えて動いていたから恐らくスーツケースのようなものだろうと帝人は予想している。
 狭いスーツケースの中では予想以上に振動が響き、乗り物酔いの状態に陥ったが、今ではその振動はない。何故なら移動していないからだ。しかし目的地に着いたわけでもない。
 何が起こったのか詳しいことは帝人に知る由もないが、外から聞こえる轟音とか、
「ノミ蟲ぃぃぃぃ!!」
という叫びとかから導き出される答えは一つ。
 はあと洩れる溜息は自然と大きなものになる。誕生日だというのに何故このような目にあわなければならないのかと悲観するが文句を言う相手すらも今は居ない。
「あれ?」
 そして不図気がついた。喧騒が徐々に遠くなっていることに。
 恐らく臨也が逃げ回ることにより戦地も移動しているのだろう。が――
「え?僕どうすればいいの?」
 手錠をかけられ、スーツケースに入れられた状態からではなにもできない。まさかこのまま放置ということは無いだろうが回収されるのはいつのことか。臨也の負傷具合によっては翌日回収ということにもなりかねない。夜には予定も入っており、帝人からするとそれは御免蒙りたい。尤も、帝人ならずともそれは同じであろうが。
「ちょっ!臨也さん!僕どうすればいいんですか!?
 っていうか、誰でもいいんで出して下さい!!」
 誰か誰かと叫ぶも戦争コンビが怖くて誰も戻ってきていないのか反応はない。
 残酷に時間だけが過ぎていく――といっても実際はほんの数分しか経っていない――中、救いの光は現れた。
「おい、もしかして中誰かいんのか?」
「!はい!すみません出してもらえませんか!?」
 漸く見えた希望に必死にしがみつく。
 恐らく向こうも驚いたのだろう、了承を示す言葉の声色に動揺を滲ませているのが帝人にも分かった。
「じゃあ、とりあえず横に倒すぞ。」
「はい、お願いします。」
 ごとと音がして、ゆっくりと重力が掛かる向きが変わる。
 しかしそれはすぐに終り、次いで帝人の感覚では久々とも思える太陽の光を浴びた。
「っ!君、一体何が?」
 助けてくれた男の方が、帝人を見て息を呑んだ。それに関してはまあ当然だろうというのが帝人の見解だ。
「さあ、僕にもよく……。」
 事情を求める男に対し、帝人は曖昧に濁してかわした。と、いうよりもそれは帝人自身の本心でもあった。
 それでも臨也への罵詈雑言を吐きださないのはどこまでも彼が通常営業だったせいだ。要するに憎めない。基本的に自分に害をなさない人物に対して帝人は嫌悪を抱かない。今回こんな目にあったがそれは帝人の中ではそこまで深刻な害悪には収まっていない。
「それよりもすみませんが目隠しだけでも取ってもらえないでしょうか?」
「あ、ああ。そうだな。」
 そうして、眼の部分の締め付けが取られた。
「ありがとうございます。」
 取られたが、暗順応を起こした瞳では真昼の日光は強すぎてまともに目を開けていられない。数度瞬きをしてやっとのことで街中の惨事を認識することができ、救世主の姿も捕えた。
 救世主は眼鏡をかけたドレッドヘアーの男だった。
 帝人はままならない姿勢からなんとか起き上がり、制限内でのできる限りの伸びをした。
 そして改めてドレッドの男に向き直ると深々とお辞儀をした。
「あの、本当にありがとうございました。」
「いや、俺は大したことはしてねえよ。
 それよりなんか訳ありか?関わっちまったからには俺に出来ることなら手助けすんべ?」
 真摯に見つめる視線が痛くて思わず帝人は目を逸らす。
「なんでしょうね?さっきも言いましたが僕にもよく分かってなくて……。
 多分知人の冗談なんであんまり深く気にすることは無いと思います。というか、気にしたら負けだと思います。」
 帝人の説明に、ドレッドはやはり釈然とはしていないようだったが、彼の「分からない」という言葉は真実であるということは嘘ではないと感じ――後半は自分に言い聞かせているようでもあったので――それ以上の追及は止めた。
「まあ……坊主も大変だな…。
 じゃあ、それはどうすんだ?」
 それと彼が指したのは帝人の手首。正確には手錠。
 現状、流石にそればかりは鍵がなければどうしようもない。
「あーそうですね……なんとかしてくれそうな知人に当ってみます。」
 セルティに頼めば切り離してくれるだろう。彼女とは夕方に約束していたが、事情を話せば今から行っても許してくれるだろう。
「なあ、坊主。」
「はい。」
「坊主さえ良けりゃ、俺の後輩になんとかさせるが…。」
 帝人は驚いた。何故持っているのか知らないが、これはちゃんとした本物の手錠だ。普通の人間ならそれをどうにかすることはできない。ということはこの目の前の人物は普通の人間ではないのだろうか?そういえばよくよくみればその風貌は堅気とはちょっとずれてる気もする。
 だが、この状態で街を歩くのは、最悪警察に保護されかねない。それはちょっと恥ずかしい。普通なら真っ先に駆け込むべき警察に見つかるのが恥ずかしいと感じるあたりが帝人が帝人たる所以である。
「じゃあ、お願いします。」
 数秒迷った結果、帝人は男の後輩を頼ることに決めた。
「おう、分かった。
 あ、そうそう、こっちから提案しといてこんなこと言うのもなんだが、ちょっと気を着けてほしいことがあんだ。」
「気を着けてほしいこと、ですか?」
「ああ。
 まず、俺の後輩を見ても反応しないこと。それから、挨拶と礼以外の言葉は喋らないこと。
 いいか?」
 なんだかよく分からないままに帝人ははあ、と相槌を返す。
 帝人の困惑が伝わったのだろう、男は苦笑しながら言葉を補った。
「そいつ、何て言うかちょっと怒りっぽいんだよ。根は良い奴なんだがな。
 ――と、来たな。おーい、静雄!こっちだ!!」
 静雄という名前に帝人は激しく反応した。あの憧れの非日常が目の前に!
 岸谷家の鍋以来の興奮が再び帝人の中で荒れ狂う。さしずめ今の帝人は後楽園でレンジャーレッドと握手できる少年の如し。

 しかし、実は静雄も同じような状態であったりする。
 静雄は最初呼ばれるがままにトムに近づいたのだが、近くに帝人の存在を認め、一気に緊張した。
 焦がれに焦がれた平穏が直ぐそこにいる。今すぐに駆け寄ってその恩恵に預かりたいが、平和を破壊する自分が近づいても平気なのだろうかとも考える。
 堂々巡り。
 しかし、トムが呼んでいるからにはこのままUターンして逃げ出すわけにもいかない。
 緊張を纏う空気に孕ませて、静雄は二人の元へと到達した。
「竜ヶ峰。」
「後輩って静雄さんのことだったんですね。」
「何だ?お前ら知り合いか?」
「ッス。前にちょっと……。」
「そうか、なら話は早いな。
 静雄、ちょっとこの坊主の手錠壊してやってくれ。」
「手錠?」
「あの、これです。」
 状況が飲み込めてない静雄にも分かるように後ろを向いて手錠を見せた。
 それを見て即座に静雄の頭に血が上る。
作品名:生誕祭 作家名:烏賊