生誕祭
「俺がいつも使ってるやつだから別に何も無いよ。」
「お、おお。」
勢いに圧されたのか一応受取るがそのまま動かない。
臨也としてもそれ以上をしてやる義理はないし、して狩沢が騒ぎたてるのも面倒だったので放置することにした。
「で?何あげたの?」
「……マグカップだ。」
「…まともだ。」
こいつにしては。
今度こそ余計なひと言を省くことに成功した。
「お前は?」
「ん?」
「お前はなにやったんだ?」
それを静雄に聞かれるのは些か腹が立つものがあった。何故ならそれを壊したのは彼自身だったのだから。
だが答えないとまた暴れるだろうことは予想に難くない。
「あげようと思ったらシズちゃんに邪魔されたんだよ。」
「?」
プレゼント=物な発想の彼には分からないだろうことは予想していた。だからといって疑問符を浮かべる静雄に補足説明をする気もなかった。
「シズちゃんはさ――」
「あの……。」
臨也が何かを言いかけた瞬間、か細い声に呼ばれて振り返る。そこには両手にケーキの皿を一つずつ携えた帝人。
軽いデジャヴ。
「お二人にケーキ持ってきました。」
そう言って目の前にそれぞれ置いていく。
「サンキュ。」
「ありがとう。」
「いえ、何事も無いみたいで良かったです。」
それはこの場に居る一同全員の心の声だろう。
「そうだ、最後に帝人君ここで食べていきなよ。」
「え?」
「こんな機会はなかなか無いよ?」
というか今後は絶対に無い。今回は非日常を望む帝人に免じただけであって、次なんてありえない。
「そうしろ。いい加減こいつの隣とか臭くて仕方なかったところだ。
ってかノミ蟲が向こう行けば良い話じゃねえか。」
「あのさあ、シズちゃん馬鹿?ああ、馬鹿だったね。知ってた。説明しても分からないと思うけど一応言っておくと、それじゃあ意味ないんだよ。」
「はあ?なんだそれ?」
いきなり完全回復を果たした臨也節により、あっと言う間に静雄の額に青筋が形成されていく。
油断するとこれである。
「まあ、そういうわけだから帝人君はここね。」
「うわあ。」
とりあえず何かが壊れる前に話を進め、帝人を間に割り込ませた。
帝人と静雄の両者が意表を突かれ、一瞬思考が止まる。その一瞬があれば静雄の怒りも忘れられる。
「はい、ケーキ。」
そしてその間に主役用のケーキを置いてやれば帝人に逃げ場はなくなる。尤も、彼は逃げるつもりなど全くなかったのだが。
「ありがとうございます。」
若干緊張気味に、しかし好意を跳ねのけることなく顔を綻ばせてもふもふとケーキを食べ始める。
それに癒されつつその向こうを見れば、天敵もちゃっかり和んでいた。
今はまだ己の感情に気付いていない怪物に、臨也は心の中で宣戦布告する。
お前に蜜を分けてやるのも今日までだ。明日以降は絶対にこんなチャンスなど創ってやらないし、邪魔するのなら全力で排除する。欲しいものは絶対に手に入れる。帝人君は渡さない。
しかし臨也は失念していた。確かに帝人にとって臨也は良い人であってもその他の人物たちにとって臨也の人徳は皆無であるということに。
戦況は一進一退、五十歩百歩。どう転ぶかは神のみぞ知る。