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生誕祭

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 納得いかない。
 折原臨也の頭の中では只管不満が渦巻き、何を考えるにしてもその単語が思い浮かぶ。
 目の前には美味しそうに煮える鍋。少し目線をずらした先には楽しそうにはしゃぐ彼。そのさらに先には自分動揺がやはり不貞腐れつつもどこか嬉しそうな雰囲気の天敵。
 気に入らない。
 本当だったら自分が今頃彼に素晴らしい非日常を与えているはずだったのに。
 失敗だった。
 胸中で苦虫を百匹以上噛み潰して昼ごろから総崩れになった原因を考察する。
 あの後、いつになく長引く戦争を終わらせるために、セルティが来て、呆気なく帝人の拘束を解いてしまった。情けないことに臨也は戦争に夢中――というよりは必死――になっていたために、セルティの存在そのものを認識したのがその後だったのだ。
 それから彼女と帝人の両方から怒られ――とはいえ全然反省していなければ懲りてもいないのだが――何故か帝人の温情により、喧嘩をしないという約束の元、こうして岸谷家で池袋オールスターと鍋をつつくことになっているという。
 どう考えても人中の化け物と真正の化け物のせいだった。
 さらに千匹の苦虫を噛み噛みしていると、あの、と控えめな声が隣から聞こえた。声に釣られてそちらを見れば、先ほどまで幼馴染と意中の女子と楽しげにじゃれてた帝人の姿。
「何?どうしたの?」
「いえ、あの後セルティさんに連れてかれて臨也さんに付き合えなかったので……。結局何がしたかったのかなあと。」
 そのために不機嫌なのを隠しもしない臨也の元まできたのか。全く好奇心とは恐ろしいものである。成程、これでは猫も死ぬはずだ。
 そんなどうでもいいことを考えながら、半ば愚痴るように今日の計画を暴露する。
「今日の君の誕生日の贈り物を考えてたわけよ。君が一番何を欲しがっているのか、何をあげれば一番喜んでくれるのか。高スペックのパソコン?最新の携帯電話?高級な家具?答えはどれも違う。」
「そうですね。高級な料理だったら心が揺らぎますが、そんな高いものは受取れませんね。」
「じゃあ正解は?俺はね、それは非日常だと思ったんだよ。住み心地のいい実家を離れてまでそれを追い求めていたんだからさ。
 だから俺は君に非日常を贈ろうと思ったんだ。」
「それで誘拐、ですか。
 まあ、お心遣いは感謝しますが、正直スーツケースに押し込まれる非日常はもう勘弁してほしいです。」
「良い経験だっただろ?
 本番はもっとすごかったんだけどね。
 床に注射を敷き詰めた部屋からの脱出ゲーム的なね。あ、勿論裸足で。」
「良かった!!静雄さん来てくれて本当に良かった!!」
 胸に手を当てて本気で蒼褪める帝人をかわいいと本気で思う。
 心配しなくても帝人が考えているような酷い事態にするつもりは臨也には毛頭なかった。危なくなれば臨也が助けに行くからだ。ただ、その結果臨也に依存し、自分しか頼れなくなればいいとは考えていたが。
「あの、そんな気合い入れてもらわなくても臨也さんにはいつも非日常を貰っているので。
 それにほら、今の状態もある意味非日常ですよ?」
「は?」
 今の、ただ鍋を食べているだけの状況を非日常だと彼は言った。何を指して非日常と彼は定義したのか。
「まずそんなに交流が無い静雄さんまで来てくれて言わってくれましたし、プレゼントまでいただいちゃいました!」
 そう言われれば面子が揃い終わったあたりで始まったプレゼントタイムに彼も混ざっていたことを思い出す。
「何貰ったの?」
「さあ?まだ開けていないので。」
「どうせ碌なものじゃないよ。」
 心の底から臨也はそう思った。
「あ、それからですね、臨也さん人望ないからいつもは静雄さんだけ呼ばれるんですけど」
「本人目の前にして相変わらず君は言うね。」
「本当のことですから。」
 少しばかり臨也の心を削ったことにも頓着せず、帝人は続ける。
「今日はまあ僕が頼んだんですけど臨也さんも静雄さんも両方揃っていて、なおかつ喧嘩をしていません!」
 正に非日常!と息捲く少年を前に臨也は嘆息する。
 そりゃあ、対角線上に席取り、極力互いを見ないようにするという双方の努力の賜物ある。
「だから僕結構今興奮してるんですよね。」
 そう言われてみれば確かに僅かではあるが頬が上気しているような気がする。
 臨也は今日帝人にとびっきりの非日常を贈ることを決意していたし、宣言もした。それを覆すのは臨也のプライドが許さない。
「じゃあさ、もっと凄い非日常を今から見せてやるよ。」
 宣告と共に臨也は皿と箸を手に立ち上がる。ぽかんと見上げる帝人の目線を捕え、念のためにくぎを刺す。
「言っとくけど、これは俺が君にしてあげてるんだからね!勘違いしないように!」
 そうして深く深呼吸をして気合いを入れると場所を移動した。
「ここいい?いいよね?座るよ?」
「あ?」
 その先は静雄の隣。ちょうど門田が席をはずしていたのでそこを陣取る。
「てめえ、臨也……どういうつもりだ…。何しにきやがった!?」
「ちょっとシズちゃん、暴れないでよ?」
 臨也の考えたこの場で即席でできる非日常。それは静雄との近距離談話だった。そこからさらに(見せかけだけでも)談笑にまで持ち込めればなおよし。
「てめえがこっち来るから――」
「シズちゃんだって帝人君の誕生会をぶち壊したくはないだろ?」
 鎌掛けも含めて牽制すると、額の青筋は消えないまでもテーブルから掛けた手を離した。
「肉いる?」
「いらねえ。」
「そ。」
 拒否されたからには取ってやる義理は無いだろうと自分の分だけ取り分けて黙々と咀嚼する。
 張り詰めた沈黙。これでは不完全燃焼である。狩沢は目を輝かせているようだが、喜ばせたい相手は帝人なので意味はない。
 歩み寄りの期待は向こうにするだけ無駄だから、こちらから切りだす。
「シズちゃん帝人君にプレゼントあげたんだって?」
「喋るなノミ蟲が。」
「いいじゃん。折角の祝いの席なのに空気悪くして楽しい?」
「んだと!」
 しまった。反射的に悪態を吐いてしまうのは最早臨也の性分だ。しかし静雄はこれにいちいち反応する。誕生会を壊さないよう、静雄と会話するには、静雄の忍耐と同じかそれ以上に臨也の言葉選びが重要となってくる。息をするのと同じくらい身に着いた癖を出さないようにするのは中々神経を使う。
「まあ、それはいいんだけど、シズちゃんってそんなに帝人君と仲良かったっけ?」
 話を軌道修正して本題を引き出せば、面白いくらいに静雄は固まった。
「まあ……鍋の時にな……。」
そして歯切れが悪い。
 おや?と臨也は目を瞠る。まさかこれはもしかするかもしれない。と嫌な予感が鎌首をもたげる。
「へえ?それで何あげたの?」
「何でてめえに言わなきゃいけねえんだよ?」
「だからさあ――
 いや、なんでもない。
 良いじゃん。教えてくれるくらい。どうせ碌なものじゃないんだろうけどさ。」
 パリンと静雄の持っていたグラスが割れた。
 折角自制したというのに最後の一言が余計だった。
 わあとざわめく周りを無視して臨也はハンカチを差し出す。それを気持ち悪そうに静雄は顔を顰め、狩沢は鼻を押さえて遊馬崎を殴っていた。
作品名:生誕祭 作家名:烏賊