狭間で揺れる
頭上から「そのまま寝ちゃいなよ」と笑みを含んだ声が降る。眠りに落ちる間際、寝ぼけながら布団から手を出し、彼の服の袖を摘む。簡単に振り払える、些細な力で。
「ちょっとは、いいでしょう?」
我ながら幼いと思うのだが、傍らの男もまたそう考えたようだ。「俺が言ったことだしね」と椅子に腰を下ろす気配。ぎしりと鳴いた音に安堵を覚えて帝人は今度こそ眠りに落ちる。
「本当、災難な誕生日だね」
夢現に彼の苦笑を聞きながら。
言われるまでもない。我ながら、最悪に近い誕生日だと思う。だが最悪に近いだけで最悪ではないのだ。
誰かが共にいてくれるのなら、それだけで救われるものもあるのだと。
たとえそれが最低最悪と誰からも言われる相手であって、池袋最凶と言われる情報屋でも。こうしているのが彼の些細な気まぐれだとしても、まだ解かれていない手が嬉しい。些細な縁を抱いて帝人は眠る。
薄れていく意識の中、遠いどこかであの猫の声を聞いた気がした。