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迷惑なプレゼント

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思ったよりも期待していた自分に、一つため息。



今年の誕生日は此処数日続いていた晴れを裏切り、雨の日となった。
別に雨は嫌いじゃない。花粉をこれでもかと飛ばす晴れの日よりも、幾分気分は良い。
『恵みの雨』とも言うし、しとしとと静かな時を過ごすには悪くない。

でも、
けれど、
それでも、
今だけは少し気分が滅入る。

祝って貰えなかったわけじゃない。
むしろ、充分なほど祝って貰った。
こじんまりとしたこの部屋の片隅には今日みんなから貰ったばかりの誕生日プレゼントが所せましと並んでいて、それを見ると心が温かくなる。

「ありがとう。」
と、笑う僕に、皆は優しく「おめでとう」と返してくれた。
それは確かに嬉しくて、楽しくて、幸せな時間。

だけど何かが足りないと、心が叫ぶ。
どうして、あの人は居ないんだろう。


10日前くらいに、「これから忙しくなるから、しばらく会えないかも。」と、そう言われた。
顔には出さずにショックを受けた僕に、臨也さんはいつもと変わらない笑みで微笑んだ。

「じゃぁね。」
そう言って、ひらり、と、僕の部屋から出てった臨也さんを僕はただ見送ることしか出来なかった。

臨也さんはきまぐれな猫のような人だ。
近づけば離れる、離れれば近寄る。
だから僕はいつだって一定の距離を保つよう心掛けた。
近寄りすぎなければ、離れて行かれない。
そういう『利口』な僕を、臨也さんは好んだ。

「付き合ってあげても良いけど。」

そう、さらっと告白されたのは約3か月前。

「はぁ。」
と、間抜けな返事をする僕に「もっと喜んだら?」と臨也さんは不服そうに唇を尖らせた。


本当は、涙が出そうなくらい嬉しかったのだけども。


そもそも臨也さんが僕の誕生日を知っている確証は無い。
とはいえ、職業柄知らないはずがない。
忙しくなる、と言っていたし、忘れているのかもしれない。
いや、もともと僕の『誕生日』は臨也さんの中で大したことではないのかもしれない。

いろんな考えが頭の中をめぐって、結局電話もかけられなかった。

臨也さんから電話がかかってくることなんて、数えるほどしかないけど、今日ばかりはその確率にも期待した。

正臣は「なんなら『ドキ☆男だらけのパジャマパーティー』してやろーか!」と、言ってくれたけどそんな風に気を遣わせるのも申し訳なくて断った。
なんて、建前で、本当は夜に来てくれるんじゃないかと、諦めきれなかったからだ。

そんな風に今日一日中臨也さんを待ち焦がれて、ただ今23時48分。

もう、来ないだろう。
そう思いながら24時までは、僕の誕生日が終わるまではと、期待してる。

プレゼントなんて欲しくない。
何も要らないから、せめて声くらいはと、ケータイを握りしめて。
祈るように何かを待つ。

時計の針が23時50分を指した、瞬間。

ゴンッ

と、鈍い音がした。
何かが玄関のドアにぶつかるような、そんな音。

ギクリと肩を震わせて玄関の方を見る。
もし臨也さんが来たなら、ノックくらいするはずだ。

息を殺して玄関を見つめる。
少しして、またゴンッと、鈍い音が響いた。

こんな真夜中に響く正体不明の音は不気味だ。
ドアを開ける勇気も無くて、僕はしばらく固まっていた。

「・・・あけてよ。」

拗ねたような、それでいて寂しげな声が聞こえた。
間違えようも無い。
待ち焦がれた、臨也さんの声だ。

ドアを思い切り開けてしまいたい衝動を抑えて、僕はそっとドアを開けた。

臨也さんが俯いて立っている。
どう見ても「ハッピーバースディ!!」とか言いだす雰囲気は無い。

「…臨也さん?」
僕がそう呼び掛けると、臨也さんは俯いたまま「何?」と答えた。
その声のなんて冷たいこと、僕は外の寒さと連動して思わず身震いした。
「あの・・・どうぞ、中へ。」

促されるままに臨也さんは無言で中へ入ってきた。
コートの上から触れただけでもその身体が酷く冷たいことがわかる。
「温かい物でも飲みますか?」
「・・・いらない。」

こんな風に沈んだ臨也さんには、余り関わらない方が良いことを僕は知ってる。
下手にその理由を尋ねたり、励ましたりすればこれでもかと言うくらい毒を食らうことになる。
そっとしておくのが一番だ。

臨也さんがこの時間になんのために来たのか、それはわからないけど、少なくとも僕の誕生日のためではないと思う。
むしろ、違うことを祈ろう。
これが、まがりなりにも恋人の誕生日を祝うテンションだったとしたら、それは間違ってると教えなきゃいけない。

いらない、と言われたものの、僕自身温かい物が飲みたくなったし、僕だけというのも気が引ける。
紅茶を淹れて渡すと、意外にも素直に受け取ってくれた。

「・・・帝人くんてさぁ、馬鹿なの?」
うわぁ、来た。
来たよ、恐ろしい猛毒。
本当にいきなり突然に八つ当たりするようにぶつけられる言葉は、最初こそ泣きたくなったけど、今は少し慣れた。
とはいえ、暴言を吐かれることが少ない僕はいつもこれらに体力消耗する。

「どちらかといえば…まぁ。」
「っ、ほんっとに馬鹿。」
「すいませ…。」
「なんなの?」

なんなの?
って、僕の方が聞きたい。

「俺は、帝人くんのなんなの?」

・・・・・へ。
思考停止した僕を責め続ける様に臨也さんはさらに言葉を紡ぐ。

「俺が忘れてるとでも思った?」
「そんなに薄情な人だと思ってた?」
「なんでっ、なんでっ」

「君は何も望まないの?」

臨也さんはやっと顔を上げて睨みつける様に僕を見た。
視線は鋭いくせに、泣きそうに見えるのは不思議だ。
それに、何故か頬の一筋の赤い線がある。
そこで初めて臨也さんが変にボロボロなことに気が付いた。

「今日という日を、この日を、帝人くんは俺と会わずに居て平気なわけ?」
「なんで、『祝ってください』の一つも無いかなぁ?」

そんな、自分の誕生日を強請るようなこと、僕が出来ないと、この人は知らないのだろうか。

ああ、でも。

そうお願いしなければ祝うこともできない意地っ張りで素直じゃない臨也さんの性格を、僕は失念していた。

『愛してる』とか、
『大好き』だとか、
『可愛い』なんて、甘い言葉は無くても、

『仕方ないね』とか、
『君だからね』だとか、
『特別だよ』なんて、本当は僕を甘やかしたい臨也さんのわかりにくい性格を僕はわかっていたはずなのに。


「・・・祝って、くれますか?」
「…特別だよ。君だから許してあげる。」

「でも、言っとくけど後五分しか無いから。」

意地悪げにそう言ったその口は、それでも笑みを浮かべていた。

作品名:迷惑なプレゼント 作家名:阿古屋珠