植物系男子
その17
「で、結局あのサボテンはどうなったのかな?」
「消えたよ」
新羅はへぇと眼鏡の奥で目を丸くした。
「それは物理的にってこと?」
「そうなんじゃない?シズちゃんは毎日頑張って水あげてたけど、どんどん萎れて縮んでいったんだよね。最後には見えなくなって、土のなかを探してもそれらしいものは出てこなかった」
かちゃりとティーカップを手にする。一口飲めば、新羅は楽しそうな顔をしていた。
「静雄が水をあげたのが原因かな?いやそれより、きっとサボテンの方が静雄の感情を受け止め切れなかったんだろうね」
君たちが何をしたのかは聞かないけど、と聡明な友人は笑顔で言い放つ。俺は喉の奥で小さく笑った。
「それで、どう見ても順風満帆に万事を進めているはずの君が、何故私の家に治療を受けに来ているのかな?」
俺はカップをテーブルに戻した。口の中も切っていたらしい。あの馬鹿力で殴られた痣が酷く痛む。
「あの件以来俺も丸くなったと自覚してるよ。ただね、“やっぱないと寂しいから”なんてサボテン買って来られたら俺にだって怒る権利くらいあるでしょ?」
新羅が、うわぁと声を上げた。あぁほんと、思い出しただけで腹が立つ。
俺はもうこの世のサボテンと名の付くものが大嫌いだ。遺伝子レベルで消えてしまえばいいと思っている。それなのにあの男はケロリとした顔で買って帰ってきたのだ。
今度のやつは普通のやつだ、たぶん、とか言われたがそんな問題ではない。当然俺はそのサボテンをどうにかして排除しようとし、そんな俺の態度にぷっつりと切れた静雄が暴れ、結局サボテンどころの騒ぎではなくなった。
つまり、部屋が半壊した。静雄はあのアパートを追い出される羽目になり、請求書をつきつけられることとなる。
「仕方ないから俺の家に来なよって言ったのに、通勤がめんどくせぇとか言って池袋でまた新しい部屋探すんだと。どうせまた似たようなことになるんだから、大人しく来ればいいのにねぇ」
呆れたように新羅が見返してくる。顔が綻ぶのは仕方がない。
「君、わざと静雄を怒らせただろう?自分の家で一緒に住みたいのなら素直にそう言えばいいのに」
静雄も可哀想に、と彼はこれから住居を点々とするであろう友人を嘆いた。
俺は静かに笑みを作る。
平和島静雄が新宿に来る日を待ちわびながら飲んだ紅茶は、ほんの少し傷に沁みた。