こらぼでほすと アッシー16
刹那を不安にさせないためには、自分が強くなければならない。それは、以前から解っていたのだが、悟空に指摘されて、狩られる側になったのだと自覚すると、ようやく、気持ちが転換できそうになってきた。全部を忘れるわけではないが、自分から動くことはできないのだと自覚した。とりあえず、ここで、身体を癒しつつ、子猫たちが戻るのを待っていることだけに専念する。
「いつでも、子猫たちだけじゃなくてさ、うちの年少組にも、笑って、『おかえり』って言ってやってくれ。それができる人間は、うちじゃ、おまえさんだけだ。・・・・できれば、間男にも頼むよ。」
しみじみと、ハイネは思っていることを口にした。実働部隊ではなく、後方支援部隊として、ロックオンは貴重な存在だ。外で何があっても、ここだけは、それを感じないで居られる場所だからだ。
「なんだ? 新手の口説きか? 」
「くくくく・・・そういうことにしとけ。ほら、もう一口。」
食べつくして新しいのを箱から取り出す。それを齧らせようとしていたら、門から人が入ってきた。トダカが、笑いながら近寄ってくる。
「おや、お父さん。」
「やあ、ハイネ。熱々デートの邪魔になってしまったな? 」
「ははは・・・なかなか、陥ちないんだよ、あんたんとこの娘さんはさ。身持ち硬くて難儀してるとこさ。」
トダカも手に袋を提げている。どうやら、ハイネと同じ意図のものらしい。本堂の前の階段を上って来て、ロックオンに手渡す。
「桜餅と花見団子とみたらし。うちの婿は?」
「三蔵さんは、檀家へ月命日のお勤めです。・・・お茶、入れますね。」
和菓子なら、日本茶だろうと、ロックオンが家のほうへ用意に出向く。それを見送って、トダカも桜を見上げている。
「落ち着いてるんで、驚いた。」
「うん、ようやく、気持ちの整理はついたらしい。まあ、なかなか収らないものはあるみたいだが、あれなら、大丈夫だろう。」
できないことを足掻くことは止めようと思います、と、トダカにも、告げてくれた。それでいい、と、トダカも頷いた。時間はかかったが、そういうふうに気持ちを切り替えられたら、精神的に不安定になることも減る。
「再始動したら、また、とんでもないだろうけど。」
「それは覚悟してるさ。うちの娘さん、外面だけはいいからね。シンたちに気付かせるようなヘマはしないと思うよ。・・・・そこのフォローはしてやってくれるかい? ハイネ。」
「承りましょう。そういうのが、間男の仕事だ。・・・・けど、最終的に泣きつく場所のほうはお願いしますよ? それはトダカさんの担当だ。」
「それは、お里の仕事だな。・・・おや、もう一人増えた。」
門のほうから、今度はレイが顔を出した。レイも手に袋を持っている。本堂の前の人影に走り寄って来た。
「珍しい組み合わせですね。」
「そうかい? 」
「ははは・・・確かにな、レイ。娘の間男と娘の父親ってーのは、非常識な組み合わせだ。レイは、何を持参したんだ?」
「オレンジです。ビタミンは身体にいいので。・・・あの・・・」
「おまえのママなら、お茶入れてるとこだ。」
じゃあ、手伝ってきます、と、レイは家のほうへ、また駆けて行く。臨戦態勢を解いたから、ラボに残っている鷹とシン以外は開放された。居残り組は、順番
をくじ引きだったので、そういう陣容が残っている。
そして、四人で、花見をしていたら、キラとアスランもやってきた。やっぱり、手には紙袋だ。
「ママァーーーッッ、逢いたかったぁーんっっ。今日、晩御飯食べさせてぇー。」
「すいません、ロックオン。キラが、どうしてもって。いいですか? 」
「かまわねぇーよ、お疲れさん。何がいいんだ? キラ。」
本当に、警戒態勢が解かれたのだと、それで、ロックオンも解って微笑んでいる。
「うーん、気分的に和食。お鍋とかいいな。おうどんとか入ってるの。」
「うどんすきか。ちょうどいいな。トダカさんたちも、召し上がりますよね?」
これだけの人数になってくると、ざっくり作れるもののほうが楽だ。それに、日中は暖かいが、夕方からは冷えてくるから温かいもののほうがいいだろう。そして、アスランの紙袋には、それに必要なものが入っていた。
「鳥とうどんは持ってきたんですが・・・・これじゃあ足りないな。」
「いいさ、レイと買出ししてくるよ。レイ、頼めるか? 」
「喜んで。」
「僕も行く。」
「いいけど、余計なものは買わないからな? キラ。」
「一個ぐらいいいでしょ? 」
「ダメ。」
「なあ、ママニャン、買出しならアッシーいらないのか? 」
「いや、そこまでの買出しじゃないから、ゆっくりしてな、ハイネ。」
とりあえず、お茶飲んでからな、と、キラたちの分も用意して差し出す。花見団子を見つけたキラは、ほくほく顔でかじりついた。
「来週ぐらいから、店は再開しますので、手伝いのほうもお願いします。」
「アスラン、もう大丈夫なのか? 」
「ええ、こちらには被害はありませんし、ラクスも今夜には引き上げてきますから。刹那も戻りますよ。」
滞りなく追悼イベントは執り行われた。盛大に、だが、粛々と犠牲者への追悼はなされて、歌姫様も、そこで鎮魂の歌を唄った。カタロンへの追求は予想通り厳しいものではあるが、AEUのほうまでは手が伸びなかった。だから、これ以上に警戒する必要はなくなった。また、日常へ、『吉祥富貴』は戻る。
「うーなくなっちゃった。」
残っていたお菓子を食べ尽くして、キラは残念そうに、お茶を飲む。みな、ロックオンのために、と、携えてきたので少ししかなかった。まだ物足りないという顔で、ロックオンに訴えるので、寺の女房も苦笑する。
「タイヤキぐらいなら、スーパーで買ってやるよ、キラ。」
「うあーい。じゃあ、行こう、ママ。」
天下無敵ご意見無用の大明神様は、お子様みたいに両手を挙げて喜んでいる。昨日までの騒ぎの中では、こんな顔はしていなかった。冷静に情報の分析をして、指示を出していたのだから。
だが、ここでは、これでいいと、アスランも思う。甘えさせてくれる相手がいて、その相手は、普通の日常で暮らしている人だからだ。ラボでの緊張した気持ちを解きほぐすには、こんな格好の場所は無い。だから、レイもハイネも、ここに来たのだろう。
「俺も行きます。」
「おう、じゃあ、みんなで行こう。」
結局、年少組を引き連れる形で、ロックオンは外出した。残ったのは、やはり、父親と間男だ。
のんびりと、花見をしていたら、スクーターで坊主が帰ってきた。
「うちのは? 」
「キラたちと買い物だ。」
「終わったか? 」
「まあ、今のところはな。」
「しかし、あんたらも暇だな? うちしか来るとこがないのか? 」
呆れたように、坊主は吐き出して、脇部屋に入る。仕事用の黒い袈裟を着替えるためだ。
「とりあえず非日常から日常に戻るには来るとこだと、俺は思うよ。トダカさん。」
「それ意訳すると、仕事が明けたら恋人の顔を見に来るになると思うんだけどね? ハイネ。ノンケは返上するのかい? 」
「あんたの娘さんが性転換手術してくれたら、それでいいな。」
「やめてくれ。うちの娘さん、そんな趣味は絶対に無い。」
作品名:こらぼでほすと アッシー16 作家名:篠義