こらぼでほすと アッシー16
こんなもの買わなくても、うちにはコーヒーぐらいあるのに、と、文句を言ったら、ハイネは、おいおいと肩を叩く。
「花見デートありがとう、ぐらい言えないか? ママニャン。」
「デート? じゃがいもがプレゼントって、どんなデートだよ。」
「あんたには相応しいだろ? 花なんぞ贈っても喜ばないんだからさ。桜、見せたかったんだろ? 」
黒子猫に、とはハイネは言わない。だが、それはわかるぐらいの付き合いはしているつもりだ。特区独特の花だから、ここでしか見られないのが、桜だ。それも、このソメイヨシノというのは、特に、そういう種なので、刹那にも見せてやりたかった。はらはらと音もなく散る様は、綺麗だ。
「ユニオンにもあるんだぜ? 知ってたか? ハイネ。」
「ああ、本国の政治中枢地域の河畔に咲いてるらしいな。だが、あれは、こっちから移植したやつだからな。これと同じようなので紫のが、どっかにあったはずだ。南国だったと思うけど・・・」
「へぇー紫か・・・」
「冷めないうちに飲めよ。こっちも熱々だったからな。」
焼きたてのスイートポテトを、通りがかりに見つけたので、それをお土産にした。じゃがいもは洒落だ。まだ、ほんのりと温かいスイーツも箱から取り出す。ひとつ、ハイネも手にしてかぶりつく。
終息宣言を出すところまで至っていないが、こちらへの影響はないという判断を、キラたちが出したので、臨戦態勢は解除された。もちろん、引き続き、オーナーのほうの警戒はしているが、追悼イベントのほうは、ユニオンが威信にかけて安全に執り行うだろうから、それさえ、終われば、こちらに引き上げてくるので、気分的には楽だ。カタロンへの追求は、相当過激だが、それは自業自得だから無視だ。カタロンの文字が、親猫の耳に入らなければ、ハイネも気にしない。親猫の実弟は、まだエージェントとしてユニオン側にバレていないので、そちらも大丈夫だ。これから、こんなことは、何度か起こるだろうが、なるべく知られないように、と、ハイネも考えている。気付いていないか、それを確かめに来た。
「元気だよ? 俺は。ラクスが何か言ったのか? 」
ハイネが、この騒ぎの最中に様子を見に来たということぐらいは、ロックオンにも解る。おおよそ、ラクスあたりからの指示でも出たのだろうと思っている。携帯端末で、ラクスは、自分の無事は報せてきてくれた。こちらは、大丈夫だから心配しないでくれ、と。そういう気遣いは嬉しいし、安心もする。当人の顔が見られれば、無事なのは判明するからだ。
「ママの顔色が、よくないから間男に慰めてこい、とさ。」
ラクスの顔を拝んでいるということは、ロックオンの顔も、あちらには見られている。少し顔色がよくないと気付いて、ハイネに指示を出したらしい。
「んなこと、いちいち、真に受けてんじゃねぇーよ。忙しいのにさ。」
「いや、あんたとまったりする時間は、俺にとっても休みになるわけだからさ。サボる口実にはいいんだよ。」
目の前にははらはらと舞い落ちる桜だ。それを、のんびりと見ていると、ほっとする。ここは平和だ。外で、何が起ころうと、ここには持ち込まれない。ある意味、絶対の安全圏だと、ハイネも感じている。ここでなら、時間を気にせず、のんびりと花見なんてものができる。そこに、この男を閉じ込めておきたいと、黒子猫やオーナーは考えている。刹那たちだけではない、自分たち、『吉祥富貴』のスタッフにしても、そういう場所は必要だし、この男は、そこの管理人に相応しい性格だ。
だが、意外にも、となりの男は、こちらを見ずに、ハイネの考えを打ち砕く発言をした。
「・・・カタロンだろ? 知ってる。」
「なんで? 」
「ニュースを見ないっていっても、やったヤツのことは新聞でもニュースじゃないのでもやってるぜ? そこまで、隠せるとは思えないぞ。」
「それで気にしてんのか? 」
テロに家族を引き裂かれたのに、そのテロをやるような組織に所属している実弟に、ロックオンも思うことはある。だが、ただのエージェントが、それを否定しても止めることはできないだろう。だから、何も考えないようにはしている。
「・・・・なるべくしないようにしてる・・・・あいつらがやってる意味はわかるんだ。」
報道されていることには、抜け落ちている事実が、いくつもある。情報統制されている公式見解ばかりのメディアしか見られないロックオンには、その事実は、はっきりとわからないが、何かしらあることはわかる。テロというのは、そういうものだ。わかりすぎるほど、わかっている。自分たちも、かつてやっていたことだ。
「ユニオン軍が母体になっている独立治安維持部隊がな、あっちこっちで、酷い弾圧をやってるんだ。それについての抗議ってーのが、カタロン側の主張だ。」
「・・そうか・・」
ハイネは、その見えない事実について、少し教えた。刹那の故郷でやられているとは伝えない。真実の概要だけを教える。
「それでも、やっていいことじゃないと、俺は思う。」
「うん、そうだよな。・・・・それには、俺も賛成だ。ほんと、堂々巡りだな? 世界が統一されて平和になるってのは、難しい話だ。」
「こればかりは、簡単にはいかないさ。」
手にした缶コーヒーも、開いたケーキの箱のスイーツも、口にすることなく、ぼんやりと桜を見上げているロックオンの口に、自分の齧りかけを運んでみる。
「悪い、ちょっと無理。」
「一口齧れ。それから、そっちも一口飲んでくれ。それだけでいいから。」
一口、小さく齧りとって、それをコーヒーで流し込む。元々、食の細い男なので、ハイネも、それ以上には勧めない。
「砂噛んでるみたいとか言うなよ? 」
「味はわかるよ。・・・そこそこだな。」
「屋台のだから、極上とは言い難いな。」
「まあ、俺はさ。ここに居るのが仕事だから・・・刹那が、元気にして、たまに戻って来るのを待ってる。外のことは、あまり考えないようにしようと思う。」
「珍しいな、ママニャン。いつもと違うじゃないか? 」
いつもなら、事が起こったら、我先に走り回ろうとするロックオンにしては、珍しい殊勝なご意見だ。
「悟空に言われたんだよ。俺は、テロを引き起こす側から、巻き込まれる側になったんだってな。まあ、いわゆるところの民間人ってやつだから、テロに憤りは感じても、それをどうこうしようと考えるのは、意味がない。 そう考えるようにしようと努力してるとこだ。だからって、刹那たちを否定するつもりはないぜ。あいつらの戻れる場所ではあるつもりだし、そのためにも、なるべく寝込まないようにしないとな。・・・・・春への変わり目は、刹那のお陰で寝込まずにいられたから、この調子で待ってるさ。」
テロ騒動で、ドタバタしている時に、何かしら考え直すことがあったらしい。できないことを努力するより、できることに最善を尽くすという方向に考えを転換しようとしている。
「やれやれ、ようやく気付いたか? 」
「まだ努力中だ。なかなか抜けないな? テロリストのクセってーのはさ。」
「それは仕方がない。あんたも、テロリスト歴が長いからな。」
作品名:こらぼでほすと アッシー16 作家名:篠義