Happy Happy Happy!
休日を一日使って街を歩き回った。その甲斐があっていま帝人の手には綺麗にラッピングされた箱が一つある。
喜んでくれるだろうか。いや、きっと帝人がくれるものなら何でも喜んではくれるのだろうが、そんなの関係なく気に入ってくれると、身につけて使ってくれるといいのだが。
三月の半ばを過ぎ、帝人の誕生日が近かった。もちろんこれは自分のプレゼントではなく、恋人である平和島静雄へのものである。といっても彼の誕生日は一月の末でとっくに過ぎている。それでなぜ今更プレゼントを渡すのかといえば、単純に帝人が祝いたかったからだ。今年は知った時には既に過ぎていて、多少親しい知人といった関係の時は遅れては祝いづらかったのだが、静雄が帝人の誕生日を祝ってくれるというので、なら自分も静雄の誕生日を祝いたいと思った。そう伝えれば静雄はきっと悪いから気にするな遠慮するだろう。だから帝人はこのことを静雄に言っていない。驚かせたいのもあるし、自分の我が儘でもあるからと押し切るためだ。もう用意してしまっていれば、静雄は受け取ってくれるだろう。
手の中の小さな箱を撫でる。静雄がどんな反応を返してくれるか、それが自分の誕生日よりも楽しみで、同じくらい不安だった。
今年の3月21日はあいにく月曜日だったので、前日に会うことにしていた。朝から待ち合わせて、一日二人で外出することになっている。つまり、デートだ。もっとも二人とも照れが強すぎてその単語は使えなかったのだが。
運よく晴れて暖かいなかを足早に帝人は急ぐ。待ち合わせ場所には既に静雄が来ていて、帝人は一度足を止めてしまった。
人混みの中に立つ静雄は文句なしに格好良かった。いつもの目立つバーテン服と違いシンプルなシャツとジーンズなのに、人目を惹く。静雄は元々整った顔立ちに長身でスタイルが良く、本来はモデルでもおかしくない美形なのだ。普段は喧嘩人形としての印象が強すぎてその容姿の良さに気づくものはいないようだが、いまは目印となっているバーテン服とサングラスがないせいか、辺りの女性達が明らかに静雄に視線をやり意識している。
恋人の容姿が良いことはわかっていたが、決して面白くはない。普段は畏怖の視線を向けられていると、そのことを静雄が今でこそ気にしていないようでも怖がられる事に傷つき続けているとわかっているから尚更だ。いつもは何も知らないで怖がっているくせに、外見が変わっただけで好意を向ける人間達に静雄が見られるなど面白いはずがないのだ。それに、静雄に比べて自分が平凡だという自覚がある。優しくて格好よくて大人な静雄に対して帝人はこんなに嫉妬深いし容姿もスタイルも十人並みだし歳だってかなり下だ。釣り合ってるなど到底言えない。
静雄の愛情を疑っているわけではない。彼はいつでも不器用だが精一杯に気持ちを伝えてくれている。ただ帝人が自分に自信がなくて不安なだけなのだ。
足を止めたまま動けなくなった帝人に、辺りを見回した静雄が気づいた。
「竜ヶ峰!」
向けられた笑みは優しくて、それが極々限られた身内にしか向けられないものなのだと知っている。だからそれに引かれるように帝人は静雄の元に駆け寄った。
「遅くなってすみません」
「まだ時間前だろ。気にすんな」
「でも静雄さんは待ったんじゃないですか」
「俺はいいんだよ。お前を待ってんなら気にならねえし、逆に待たせてナンパされてたり誰かに連れてかれたらって気が気じゃねえから」
「僕をナンパするような人はそうそういませんよ」
苦笑する帝人に静雄は真剣な顔で首を振った。
「いや、絶対いる。こんなに可愛いのが一人でいたらヤバいに決まってる」
「えっ」
言葉に詰まった帝人に自分が何を言ったのか遅れて理解したらしい。見る見るうちに静雄の顔も赤くなってきた。
「あー、その、なんだ。……そういうわけだから、なるべく一人になるな」
「え、あ、はい」
「行くぞ」
くるりと踵を返すが、手はしっかりと帝人のそれを握っている。ドキドキして自分の顔が熱いのがわかった。だが後ろから見える静雄の耳も赤くて、帝人は嬉しくなって静雄の腕に体を寄せた。抱きつくまではいかなかったのだがそれでも静雄は更に赤くなって、二人赤い顔のまましばらく歩くことになった。
デートは映画を見て、ランチをして、色々な店を覗いたりして、最後はちょっと良い店で食事をして、と王道のコースをとった。なにせ二人ともこういったことには慣れてないので気の利いた演出やアレンジなど出来ない。それにお互いに互いがいればそれだけでも楽しいのだから、行き先には特段のこだわりもなかった。
「いつも送ってもらってすみません」
二人が会ったら静雄が帝人の家まで送るのは恋人になる以前からの習慣だ。この辺りは池袋の中でも危ない地域ではないが、だからといって少女の一人歩きが良いはずもない。静雄は出会ったばかりの頃からそう言い聞かせて、最近はようやく帝人も言われた通り気をつけるようにしている。
「あの…お茶をいれるので上がっていきませんか?」
「いや。もう遅いし」
静雄は夜には滅多に帝人の家には上がらない。紳士的なのだ。だが今日はそれでは困る。せっかく用意したプレゼントを渡す機会がなくなってしまう。かといって咄嗟にうまい言い訳も浮かばない。正直に言うしかなかった。
「渡したいものがあるんです。少しで良いから上がってもらえませんか?」
「……わかった」
逡巡した後に決意したような面持ちで静雄は頷いてくれた。
緊張した様子の静雄に帝人も緊張してくる。何とか紅茶をいれて飲むがお互い無言になってしまう。だがいつまでもそうしているわけにはいかない。帝人は用意していた袋を引き寄せ、勇気を出してその中の箱を静雄に差し出した。勢い余っていつかの静雄のように突きつけるものに近かったがお互いそんなことには気づいてはいない。
「貰ってください!」
「…竜ヶ峰?」
「お願いします!」
「お、おお」
訳が分からないにしても、帝人の必死な様子に静雄はそれを受け取ってくれた。
「開けていいのか?」
「はい!」
勢い込んで頷く。静雄の大きな手が慎重にリボンを解いて包装紙をはがした。
「これ……」
出てきたのは濃い茶色のなめし革の財布。
「静雄さん、1月誕生日だったでしょう?今更かもしれませんけど、貰ってくれませんか」
手の中のものと帝人を何回か見比べて、静雄は嬉しさと困惑が混じった顔をした。
「お前学生だろうが。俺のために金なんか使うな」
「いいんです。だって僕が静雄さんにあげたかっただけなんですから。それよりもそれ、使ってもらえますか?」
「当たり前だろ。ずっと大切に使う」
「よかった。ありがとうございます」
静雄の言葉と笑顔にホッと息をついて礼を言うと今度こそ苦笑される。
「ばか、礼を言うのは俺だろ。ありがとうな」
首を振って置きっぱなしだったカップに手を伸ばす。すっかり冷めていたが、緊張で喉が渇いていたので一息に残りを飲み干した。
「竜ヶ峰」
呼ばれて顔を上げると、静雄は真剣な顔をしていた。緊張した面持ちに、こちらにも緊張が移る。
作品名:Happy Happy Happy! 作家名:如月陸