それが答えだ
達海達が飲んでいたのは、クラブハウスから近くの居酒屋。だがそこがどんなに近くとも、そしてどんなに急いでも、後藤が十分で辿り着く筈など無かった。酔っ払いなんて、いい加減な事しか言わない。それが分かっていても、後藤にはそこへ駆け付ける他術は無かった。
「達海っ!」
「おー、ごとー。おつかれさーん」
後藤が達海の姿を見つけると、達海がひらひらと手を振る。顔は真っ赤で、それで且つ意識を保っているのが不思議なくらいだ。元より達海はそんなに酒が強い方では無い。だからこそ後藤はここへ来るのを急いだのだ。
「でも、電話から十分は越えましたよ」
「つー訳で、ばっつゲーム!」
だがそんな後藤の苦労も知らず、そう騒ぎ出したのは、達海の横に居た世良と丹波。二人とも例に漏れず酔っている様で、頬を赤くして、げらげらと笑っている。
「でも罰ゲームって、何するんスか?後藤さんって酒も強いし、そんじょそこらじゃ酔わないでしょ」
そして次に、酔ってない様に見えて、無茶苦茶な事を言い出したのは世良の向かい側に座っていた赤崎。酔ってない振りをして、酔っているのが性質が悪い。
「空いてる瓶の中身、全部混ぜちまえば良いんじゃね?」
「…は?」
丹波の言葉に、流石の後藤も耳を疑った。だが彼が止める暇も無く、丹波はその辺にあった瓶を掴んでは、次々にグラスに注いでいく。混じり合った酒は、見た事も無い様な色へと変化していく。要は『ちゃんぽん』なのだが、ここへ辿り着いたなり、それは無いのではないか。
「うわ、すっげー色」
「よっしゃ、それじゃ後藤さんっ、いってみましょーかっ!」
そのグラスの中の色を見て口々にそう言っては嫌な顔をしたのだが、それでも彼らはそれを後藤に飲ませる気らしい。
「ちょっと待て、まてまてっ!」
流石の後藤もそれは不味いと思い、彼らの魔の手から逃れ様とした。したのだが、時は既に遅かったのだ。丹波に羽交い絞めにされたかと思えば、前からは世良がグラスを持ってじりじりと近づいて来る。
「ごとーさんの酔ったとこ、見てみたいっス…!」
「そんなもの見ても、何も面白くないだろっ!」
「……」
そしてその後に誰もが後悔するなんて、一体誰が予想出来ただろう。いや、出来る筈が無い。
今までずっと、誰もが後藤が酔ったところを見た覚えが無かった。だから彼が酔うとどうなるかを知らなかったのだ。
選手達がどん引く中、たった一人だけ、その眼前の光景にぼりぼりと顔をかいている。
「後藤、いい加減離してくんねえかな…」
「…嫌に決まってるだろっ」
どん引くまではいかないが、それでも達海がげんなりしているのは、彼にべったりと後藤が抱きついているからだ。後藤は酔うと、絡み癖が酷くなる。それは長年彼と付き合ってきた達海でさえ知らない真実であった。これは今後覚えておこうと、彼は密かに心に誓った。
「それならせめて、他の奴に抱きつけよ。暑苦しいんだよ」
達海の言葉に、周りの選手達はぶんぶんと首を横に振る。当たり前だ、誰が後藤に、いやこんな大きな男に抱きつかれたいと思うのか。
「嫌だ。…俺は、お前が良い」
「…はあ?」
「俺は、お前が、好きなんだ」
******
本当はずっと好きだった。離れていた十年の間も、後藤は達海を忘れた事は無かったのだ。だがそれはずっと胸の内の秘密であって、言うつもりは無かった。
昨日の出来事を思い出して、後藤はドアの前で頭を抱える。たった今、目の前から逃げてしまった達海の事を考えると、心の底から居た堪れない。
「うわ、後藤さん、サイテー」
「…え?」
心を見透かされたかの様な言葉に振り向くと、そこには有里と、更に世良の姿。どうやら有里は、世良から昨晩の話を聞いたらしい。
「達海さんのこと、追いかけた方が良いよ」
「あんな告白の仕方ったら無いっスよ」
言わなきゃならないことは、ちゃんと言った方が良いよと、口々にそういう二人に、後藤は溜息を吐いた。もうこの状況にぐだぐだ言って居られない。とりあえず、目の前の男を追いかけなければならない。
「すまない。とりあえず…俺、行ってくるよ」
後藤の後ろ姿に、有里と世良がひらひらと手を振ると、彼は慌てて達海を追いかけて行った。
「でも、後藤さんが達海さんを好きだって、皆はそれを知ってたの?」
「そんなの、見てれば分かるっスよ。後藤さんって、結構分かり易くないっスか」