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スウィート・ナイト

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遠くで小さな猫の鳴き声が聞こえた気がした。
 ハリーはハッとして目を覚ますと逸る気持ちを落ち着けてゆっくりと体を起こす。暗闇の中、2段ベッドがギシッと音をたてたが同室の友人たちが起きた気配はない。
 めがねをかけ、枕元に用意しておいたカーディガンをはおる。3月とはいえ、まだ夜は寒く、ハリーはふるっと体をふるわせた。
 そっとベッドのカーテンをあけるときにはもう心は体を置いて飛んでいってしまい、フェルト生地でできた室内履きを履くのももどかしい。
 枕を布団に押し込んで、まるで寝ているかのように装う。ありきたりな子供だましだけど、暗闇の中では十分だ。
 それから息を殺してベッドのカーテンを閉め、つまづかないようにして慎重に歩く。静かに静かにと思うのに、一番うるさいのは自分の心臓の鼓動だ。パジャマの胸元をキュッとつかんで、落ち着け落ち着けと念じた。
 そぅっと部屋のドアを開けて閉める。どんなに静かに閉めても、このドアは「カチャリ」と小さな音がする。ハリーは部屋を抜け出すたびにドアの外で耳を澄ませるのが常だった。
家具の配置を覚えてしまった談話室の暗闇を走り抜けて、飛んでいってしまった心を追って廊下へ。
 それから、それから、それから!
 先生の部屋!
 チラッと背後を振り返る。
 談話室への入り口を見張っているはずの絵画の中の婦人はシャム猫と遊んでいてハリーを見てもいなかった。
 廊下は眩しいほどの月明かりでハリーの影をくっきりと浮かびあがらせることもあれば、足元もおぼつかないほどの暗闇に支配されていることもある。
 今夜は晴れていたが月は雲に隠れ、窓からは星しか見えない。廊下は雲を通して輝く月のために薄ぼんやりと明るく、ハリーは苦労せずに走ることができた。
 部屋が3階にあることは確かなのに、ハリーが階段を2回下りて、1回上がるといつも突然目の前に扉が現れる。どうなっているのかよくわからない。
 今夜も同じようにして、扉の前に立っている。小さくノックを3回、1回。
 扉が開くまでのわずかな時間、ハリーはなぜか誰かに感謝している。先生が僕のことを好きになるようにしてくれてありがとう。嬉しい。ありがとう。嬉しい。
 扉はハリーを待たすことなく、ゆっくり開く。柔らかなオレンジ色に染まったほんのりと暖かな部屋の主である漆黒の魔法使いは穏やかな顔でハリーを迎え入れた。わずかに唇の端が持ち上がり、目を細めていた。
 ハリーが足を踏み出し部屋に入ると同時に背中に手をあてられて、「寒くなかったか?」と聞かれた。それに「大丈夫」と頷きながら見た壁時計は午前1時を過ぎたところだ。
「せんせ、僕からだったよね?」
「ああ」
 座ってろとスネイプは言って、隣の部屋に消えた。
 ハリーは大天使が描かれている仕切りガラス横を通り、深緑のビロード生地の2人がけソファに腰かけた。
 猫足の丸テーブルの上には白い小さな花と白いシュガーポット。
 先生は黒い服ばかり着るのに白い花が好き。ふふっとハリーは笑った。
「なに、笑ってる?」
 チェス盤を持ったスネイプが仕切り向こうから現れた。
 シルクのような光沢のあるパジャマに薄手のガウンをはおり、足元はフェルト生地の室内履き。相変わらず上から下まで真っ黒だ。
 スネイプはハリーの隣に座り、脇にチェス盤を置いた。スネイプの後ろを漂ってきた白いポットとカップ&ソーサーが静かにテーブルに着地する。
 ポットが勝手にカップへ液体を注ぎ込むのを見ながら、ハリーは何気なく聞いた。
「このテーブルの花、なんていう花ですか?」
「・・・・・・かすみ草」
 あれ? と思った。ワンテンポ遅れて返事をしたスネイプの瞳が笑んだように見えたからだ。時々先生はなんでもないことでほんのり笑う。
「ところで先生、今日はなんていうお茶ですか?」
 カップには湯気をたてた優しい黄色の液体が入っていた。ほのかに草っぽい匂いがする。
「ミッドナイトムーン。色っぽい名前のわりにお子様な飲み物だ」
「先生は一言多いんだから。でもどんなところが?」
「カフェインが入ってない。精神の安定を図る。寝る前には持ってこいだ」
「まだ寝ないよ」
「1時間はな」
 そう言いながらいつものようにスネイプは左足をソファに乗せ、あぐらの要領で足を折るとそこにチェス盤を置いた。ハリーは右足を同じように折り、スネイプと向き合う。
 ちょっとしたはずみで足があたる。それがこのうえなくハリーをどきどきさせ、キスして欲しくてたまらなくさせるが、スネイプを見るといつもすっきりした顔で盤を見ている。自分だけがこんなに意識しているのかと思うと恥ずかしくなり、うずく気持ちを抑えてチェス盤に神経を集中させようとするのに、そこでスネイプのなめらかに筋の浮いた骨ばった指を見たりなんかするとますます動悸が激しくなる。
 結局何をしても先生は僕をどきどきさせて、そのうち僕の息を止めてしまうんじゃないのかな。
「うー、長考してもいいですか」
「最初からか?」
 眉をひょいとあげてスネイプが言うのに神妙に頷いてみせ、身を乗り出して考える。
 チェスが得意なロンに時間がある毎に教えてもらってはいても初心者中の初心者であることは間違いない。第一、いまだにきっちりしたルールがわからない。
 時々「それはこっちにしておけ」と言われて駒の位置を変えたり、わざとに違いなかったがスネイプがチェックメイトの機会を逃していたりしていて、2人のチェスは随分長く続いていた。
「考えてもわかんない、先生」
 降参とばかりに両手をあげたハリーは優雅にカップを口に運んでいるスネイプに訴えた。スネイプはカップから手を離すとハリーのおでこを人差し指でピンッとはねた。
「考えてないだろ」
「考えてます」
 スネイプが口をつけたカップはふわふわと浮かんで、あたりに穏やかな香りを漂わせていた。ソファの背に左肘を預けて頭を支えていたスネイプは「仕方ないな」とハリーの駒をひとつ動かした。
「先生、明日、あ、もう今日だけど、何してるんですか?」
 今日は土曜日だから授業はない。ロンやハーマイオニーはホグズミートに行くつもりにしている。ハリーも当然行くものと話を進めていた2人に「体調がすぐれないから明日の朝の調子で決めるよ」と言ったのはもちろん、体調が悪いわけではなく先生の都合を聞いてからと思ったからだ。
 もし今日、先生が許してくれるならまたこの部屋に来たい。そうなったらなんて嬉しいだろう。ロンにも誰にも言えない関係の2人が会えるのは週1回金曜日の夜中だけなのだから。
「そうだな、特に出かける予定もない」
 白い駒をトンとチェス盤に置くとスネイプはハリーに「遊びに来るか?」と聞いた。
「はい!!」
 ハリーは自分と同じことを考えてくれた先生に嬉しくて思わず抱きついた。チェスの駒がバラバラと音をたてて床に落ちる。
 勢いよく抱きついてきた体を胸で受け止め、スネイプは右手で2人分の体を支えた。
「まったく。これじゃ次のチェスは始めからだぞ」
 呆れたようなスネイプの声もなんのその、ハリーは全身から喜びを発していた。素直な感情表現にスネイプはわずかに目を細める。自分の一言で、こんなに喜んでもらえるとは。
作品名:スウィート・ナイト 作家名:かける