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スウィート・ナイト

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「でも明日は外出日だろ? ホグズミートに行くんじゃないのか?」
「ロンやハーマイオニーには体調が悪いって言ってあるんです。用意がいいでしょ?」
「良すぎだ」と言って、スネイプはかすかに笑った。
 ハリーがそれに見とれていると、ゆっくりと意地悪そうな目つきになっていくスネイプは「で? 私の膝の上にいつまで乗っているつもりかな?」とからかうように言った。
「えっ、あ、ご、ごごごめんなさいっ」
 顔を真っ赤にしたハリーが慌てて体をどかそうとしたところに、するりといたずらな腕が腰に回ってすっぽりと胸に抱きかかえられた。スネイプの腰を跨ぐようにして抱きつく自分の姿を思うとハリーは顔から火が出るようだった。
 部屋に2人しかいないことを強く意識してしまう。顔があげられない。先生、どんな顔をしてるんだろう。何かしゃべって欲しい。
 体は固まったように動かないのに気持ちだけはソワソワしている。先生の息遣いが耳元で聞こえる。ふぅっと緩やかな、ため息のような吐息の後にカリッと耳をかじられた。
「あっ」
 驚いて声をあげるハリーを気にすることなく、スネイプは耳たぶをペロリと舐める。
 腕の中の子供の顔を覗き込むと真っ赤な顔でギュッと目をつぶっていた。初々しすぎて、かわいらしすぎて、スネイプはこっそり笑った。
 今、ハリーが目を開けたら、とろけそうな目をしているスネイプが見られただろうが、そんな顔を子供に見せるほどスネイプはうっかりしていない。大人はいつでも子供に余裕を見せていなければ。
「そんなに固く目を閉じていなくても、とって食べやしないよ」
 こわごわと目を開けるハリーに、澄ました顔でスネイプはお願いした。
「キスして?」
「えっ」
 かわいそうにますます顔を赤くしたハリーはうろうろと視線を彷徨わせ、どうしようもなくなってスネイプに言った。
「ほ、ほっぺたに?」
「うん? どこがいい?」
「く、唇?」
「好きなように」
 答える気がないのがわかるのか、ハリーは泣きそうな顔をして黙ってしまった。
 そういう顔をするから困らせたくなる、とスネイプは胸の内でつぶやいた。もともと意地が悪いのかもしれないが、と思ったりもして、ハリーの泣きそうな顔を見たい反面、困っているのも事実だ。それでもやっぱり体中で自分のことを好きだ好きだと伝えてくるハリーの泣き顔は愛しさでスネイプの心を満たす。
 ハリーと見つめ合ってから、おもむろにゆっくりと目を閉じると腕の中の体がふるえた。ああ、困っているんだなと思いつつ、どこにキスしてくるんだろうと期待もする。
「せんせい」
 甘えるような小さな声の後にしっとりと柔らかな唇がそっと押し付けられた。唇を合わせたまま、ふっと小さく笑うと唇の上で「笑わないで」とかわいくお願いされて体がうずく。
 そろそろと舌で唇をなぶってやると、そっと開いて中に入ることを許され、そこからは怖がらせないように自制するくせに散々好きにするのはやめられない。
 ようやく唇を離すとハリーがぼんやりしたようにフワリと笑うのはいつものことで、それがスネイプは好きなのだが、それ以上に妖しい衝動が体の中心を走る自分に呆れる。自分の年の半分以下の子供になんでこんなに振り回されているんだか。
「先生、好きだよ」
「わかってる」
「うん」
 とくん、とくんと先生の胸の音がする。僕のはバクバクいってるのに。どうしたら先生をどきどきさせられるのかな。
 大きな胸に鼻を押し付けるようにすると、くくっと笑われる。ほら、子供扱い。笑うんだもん。
 トントンと指でつむじを突かれる。
「お茶が冷めるぞ?」と言われて、なんだか気が抜けてしまった。
「先生ってどきどきしたり、慌てたりしないの?」
 コツンと額をあてて「するよ」とスネイプは答えた。
「お前がとんでもない薬草を鍋に入れようとしているときなんかはドキドキするな」
「・・・意地悪」
 悔しそうに、でも恥ずかしいのか目を伏せて答えるハリーが微笑ましい。
「ほら、それを飲んだら部屋へ戻れ」
「え?」
「2時だから」
 テーブルの上の小さな置き時計が1時50分を示していた。
 ふぃっと寂しさがハリーの心を吹き抜ける。いつもいつもなんで楽しい時間はすぐに過ぎちゃうんだろう。
「先生、明日・・・じゃなくて今日は何時に来たらいい?」
「何時でも」
「ほんとに?」
「ああ」
 パッと顔を輝かせるハリーに頷いてやった。帰れと言った瞬間にするすると元気がなくなる。そうやって、私を有頂天にさせてどうするつもりだ?
「ロンとハーマイオニーが出かけた、すぐでも?」
「ああ」
「お昼も一緒に食べていい?」
「ここで?」
「うん」
「いいよ」
「ありがとう、先生。嬉しい。大好き」
 そんなに期待した目で見つめられては逆らえない。肯定以外の言葉なんて口にできやしない。お手上げだと思いつつ、浮かれる子供の額にキスをした。
 指先でカップを呼び寄せて、ハリーに受け取らせる。
「あったかい」
 一口飲んで、ニコッと笑う。
「ミッドナイトムーンだっけ。優しい味」
「茶葉をやろうか?」
「いいです。ここで飲むから」
「また来週な。あぁ、今日でもいいが」
「ううん、いつもの花の香りがする紅茶がいいな、先生」
 すっかり飲みほしてしまったカップを受け取りながら、スネイプは「わかった」と言った。
「さて、そろそろ2時だ。また・・・何時間後だ?」
「8時間後!」
「それまでに一眠りして、昼食をここに運んでもらうように手配しておこう」
「僕も一眠りして、ロンの出かける用意を手伝って、ハーマイオニーの髪を褒める」
「なんだ、それは」
「ロン一人で用意させたら出かけるのが遅くなるし、ハーマイオニーは髪を褒めると機嫌がいいから。早くこの部屋にも来れるでしょ?」
 そういうことか、と言ってスネイプはひとつあくびをした。
「眠くなってきた。ほら、行くぞ」
 声をかけたのは膝の上にまだハリーが座っていたからだ。
「わ、先生、ごめんなさい。重たかった?」
 慌てて立ち上がったハリーは赤い顔で、座ったままのスネイプを見下ろした。
「ぜんぜん。子供は気にしなくてよろしい」
 スネイプは立ち上がり、ハリーの背中を軽く押して歩き出す。
「先生、僕が14歳って知ってる? 大人じゃないけど、子供でもないと思うんだけどな」
 自分の口がとがっているのがわかるハリーはぼそぼそと小さな声で言った。こんなことを言うことこそ、子供っぽいと思ってもやっぱり悔しかった。
 扉の前で、スネイプは「知ってる」と言った。
「子供でも大人でもどちらでもいい。だが子供のほうがちょっと得かもしれないぞ」
「なんで?」
 見上げてくる落ち葉色の瞳を見つめてスネイプは言った。
「子供に翻弄される大人を笑える」
 首を傾げるハリーの額をピンッとはねるとスネイプは扉を開けた。
「こっそり戻るんだぞ。エルザは10分したら呼び寄せるから」
「何? どういうこと?」
 明かりが漏れる、早く行けと背中を押して部屋から出す。背後で扉を閉めると暗闇に慣れない目が窓の外に広がる夜空を捉えた。
「綺麗な星空だ」
「話を逸らせないでくださいよ」
作品名:スウィート・ナイト 作家名:かける