スウィート・ナイト
「大きな声を出したらいけない。部屋に着くまではビープスたちに会わないようにしておくが寄り道はするなよ」
「わかってます。それじゃ、先生。おやすみなさい」
あとで、聞きますからね! と忘れていないことを言い置いて、ハリーは廊下を走りだす。
背後で先生が見送ってくれていることを知っているのでできるだけ早く走って、視界から消えるように心がけていた。そうしないと先生はいつまでも僕を見送ってくれて、風邪を引いてしまうから。
走りついた談話室への入り口で絵画の中の婦人はシャム猫を胸に抱きながらうとうとしていた。ハリーに気づいたグレーの猫が「にゃぉ」と可愛らしく鳴いて婦人を起こす。
癇癪持ちの婦人はめっぽう猫には弱く、今も愛猫に「どうしたの?」と優しく聞いた。
その瞬間を逃さず、合言葉を口にする。
「のこぎり」
もうっ、こんな時間にどこに行っていたの? と言う文句を聞き流して、入り口をくぐり、扉を閉める。ホッと肩で息をした。
婦人がお気に入りのシャム猫は先生が昔飼っていたペットだ。毎週部屋を抜けるときにエルザを婦人のもとに送ってくれる。婦人がハリーの行動を大目に見てくれているのは、かわいいエルザと関係があると知っているかららしい。
部屋のドアをそっと開ける。気配を伺い、誰も起きていないのを確認して、ドアを閉めた。カチャリとした音の後、また気配を伺う。
いつもの行動の中、数時間後には先生に会えると思うとハリーは興奮を抑えられない。
そっとベッドカーテンをあけ、室内履きを脱ぐ。布団の中から枕を出し、カーディガンを脱いで、めがねをはずす。指の先までうきうきして、暗闇の中でも笑顔がやめられなかった。
あぁ、どうしよう、寝られるかな。
ゆっくりと毛布にくるまりながら目を閉じる。無心でいようとしている、そのそばから考えてしまう。
昼間に先生に会えるなんて最高だ。ランチもできる。
チェスはまた最初からだね。今度は僕が白い駒にしてもいい?
紅茶を入れてね、あの花の香りがするやつ。あれ、大好きだ。先生と一緒に飲むからなのかなぁ。
目が覚めたら7時か8時。すぐに先生に会える。嬉しいな。
ベッドが温まり、とろとろとした眠気が遠くからやってくる。それを手繰り寄せて、眠りの波にのまれてしまおう。あっという間に時間が過ぎるといいな。
ふわっと体がシーツに沈み込む気がした。・・・あぁ、僕、寝ちゃう。
おやすみ、先生。また・・・後・・・・・・で。