ぐらにる 争奪2
「冗談じゃない。その台詞は、そっくりお返しいたします。あなたこそ、私の最愛の人に横恋慕するのはやめてもらいたい。・・・久しぶりに、ふたりでゆっくりと愛を確め合おうとしていたというのに、なんとも無粋ですね。」
・・・・俺、あんたの演技にびっくりなんだけど? 紅龍さん・・・・
本物か、と、思うぐらいに紅龍の演技に卒がない。ただの護衛じゃないとは思っていたが、こんなこともできるのかと感心した。いや、感心している場合ではない。紅龍に寄りかかるようにして、「悪いな、エーカー。邪魔しないでくれ。」 と、それらしい台詞を口にした。
「ひっ姫? 」
「俺のダーリンが休暇をもぎ取って、逢いに来てくれたんだ。・・・これから、お楽しみってとこで邪魔されて、俺も、頭にきてるとこだ。」
どこの恋愛映画のワンシーンかというような台詞は、さすがに恥ずかしい。それで、紅龍の肩に顔を埋めるようにして台詞は吐いた。
「ということです。速やかに、お引取り願いたい。」
決め台詞とばかりに、紅龍が、そう言うと、俺を離して、エーカーの首根っこを掴まえた。ずるずると引き摺るようにして部屋の玄関から放り出して、扉を閉めた。
目の前には、ピンクのバラの花束がある。また、ピンポンラリーが始まったので、それを手にして、大股で廊下を玄関へ歩いて、扉を開けた。
「忘れ物だ。」
ぽいっと、それを外へ放り出したら、エーカーに手を取られた。
「嘘だと言ってくれ。きみは、私と恋に落ちたはずだ。」
「俺は堕ちない、と、言ったはずだぜ? 」
「なぜ、そんな空々しい嘘をつくんだ? 」
「嘘じゃない。・・・あんたこそ、俺の邪魔をしてるってことに気付けよ。」
「最愛の人、私を放っておくとは、何事ですか? 」
ぺしっと、エーカーの手を叩いて、俺の腕から外れさせると、紅龍が、バタンと扉を閉めた。やれやれと、ふたりして肩の力を抜いた。すぐに、回線を直して、ホテルの警備へ連絡した。しばらく、ピンポンラリーは続いていたが、数人の声がして、多少の騒ぎはあった様子だが、その後、静かになった。
「半端なく怖えーやつ。」
「だから、危険だと申し上げたでしょう? ご理解いただけたようで、何よりです。」
騒ぎが静まると、ぞろぞろと、隠れていたご一行も顔を出した。今度は、刹那が、急いでロックオンのワイシャツのボタンを嵌めているし、王留美のほうは、そこかしこに散らばらしていた上着やらネクタイやらを回収している。
「これで、あの男は、ここのブラックリストに載せられたから、出入りはできないはずです。」
「ストーカーって怖えーもんだな? 」
「だから、わざわざ、ティエリア・アーデから要請が来たんです。調べた報告を読んで、私もびっくりしましたから。」
なるほど、そういうことかい、と、ようやく納得はいった。たぶん、エーカーは過去にも、トチ狂った行動をしているのだろう。それらが報告されたから、ティエリアが動いたらしい。
今日は、こちらに泊まってください、と、王留美は指示して、別の借りている部屋に戻った。食事は、ルームサービスで届けさせますので、と、紅龍も、それだけ告げると、涼しい顔で、王留美に従っていく。
「ロックオン。」
全員が消えてから、刹那が非難するような声で呼んで、睨んでいる。だから、俺が言っただろうが、と、言いたいらしい。
「わかった。俺が悪かった。そう、怒りなさんな、刹那。・・・とりあえず、撞球でも教えてやろう。」
「誤魔化すな。」
「誤魔化しているつもりはないさ。けど、組織の役には立つことだったんだぜ? 」
「する必要のないことだ。」
「まあ、そうだけど。」
「あいつはおかしい。気をつけろ。」
「・・・・うん・・・心配してくれて、ありがとな。そうだ。おまえも、今は暇だろ? たまには、俺の隠れ家に来てみるか? 」
何にもないところだが、こことは違う景色がある。エメラルドの国と呼ばれる常緑の世界がある。誰かと行こうと考えたことはないのだが、砂漠と宇宙しか知らない刹那には、ああいう国があるのだと教えるのもいいかもしれないと思った。
「邪魔でないのなら。」
「歓迎するさ。」
どうやら付いて来てくれるらしい。とりあえず、明日、冷凍できる料理を作ったら、エアチケットの手配をして、早々に離れることにしようと決めた。
気候は温暖で、暑くもなく寒くもない。湖沼地帯が多く存在して、自然が手付かずに残っている国。ただし、テロの歴史も古く、全島が統一して一国になるまでに要した時間は長い。そんな国だと、説明したら、刹那は、「わかった。」 と、だけ返事した。東京特区から直行便はなく、一旦、英国で乗り換えになる。
「とりあえず、ダブリンという首都に到着する。そこに、俺の隠れ家はあるから、そこから、あっちこっち案内してやるよ。」
一番の大都市であるから、少しぐらいおかしな人間が紛れ込んでいても、わかりづらいだろうと、そこのダウンタウンのアパートを借りている。まあ、ふたりなら、泊まることも問題ないし、フィヨルドや湖沼地帯へ出向いたら、BBかゲストハウスに泊まるつもりだった。二、三日は、部屋の片づけやら、車の整備をして過ごし、そろそろ案内しようかと思っていたら、暗号通信が入った。
「なあ、刹那。ティエリアとアレルヤも降りて来たんだとよ。それで、俺らと合流するってさ。」
「泊まれない。」
「ああ、そうだな。ここじゃ手狭だろうな。タウンハウスが近くにあるから、そこへでも泊まってもらうさ。夕方の便で到着するから迎えに行くぞ。」
「了解した。」
ふたりして、車に乗り込んでエンジンをかける。
「どうも、俺は、こういう休養のほうが向いている。」
適当に、刹那の世話をして、街を案内する。こちらに戻ってからのほうが、精神的に落ち着いているのが、自分でもよくわかる。
「そうか。俺も楽しいから、それでいい。」
「くくくくく・・・じゃあ、明日から緑の島を堪能させてやる。たぶん、アレルヤたちも初めてで喜ぶだろうしな。」
こんなふうに、マイスターたちで観光するなんて、なかったことだ。まだ、先はある。それが、どうなるか現段階ではわからないが、こういう時間が持てればいいな、と、内心で願っていた。