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かぐたんのぷちぷち☆ふぁんたじぃ劇場Q2

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マ夕゛オさんと僕〜loop of refrain〜



いつもと同じどんよりと空の青さのくすんだ朝だった。
通勤路にしている四つ角の手前で少年は足を止めた。
(……。)
銀縁の眼鏡に触れてひとつ短い息をつく。たすきがけにした風呂敷包みの下で心臓がきしりと音を立てた。煤けた板塀の向こうに潜む気配も同じ緊張を孕んで少年を待つ。
――いい加減にしてくれよ、少年は心の声を吐き出した。
これでもう何度目だろう、あの人と来たらここでこうして自分を待ち構えては、段ボール箱にしゃがんでご丁寧に手製の犬耳まで付けて哀れな捨てられ犬を演じてみたり、かと思うと普通に行き倒れたレゲエのおっさんのフリで気を引こうとしたり、またあるときはあからさまにパチもんくせーシリアルナンバー入り生写撮影権付きチケットの横流しを打診してきたり、――バカバカしい、ちゃんちゃらお笑い草にもなりゃしない、そんな見え透いた下らない作戦に今さらボクが引っ掛かるとでも思っているのか、意を決したように少年は肩を怒らせ一歩を踏み出した。
「――シンちゃん、」
少年の前に硬直した影が立ちはだかる。怯えと迎合と、綯い交ぜに両者を含んで震える声がなお少年の心と身体を頑なに竦ませた。
「……。」
少年は無言のまま影の足元に目をやった。惨めに擦り切れた藁草履が、ようやっとで地面を捉えて立っている。
――なぜだ、どうしてこの人はこんなにしてまで僕のことを、ぐらりと傾ぐ頭の底を首を振って持ち直す。
「シンちゃん、あのな……、」
覚束ない足取りが惑いながらも距離を詰めてくる。少年は身構えた。心と指先は冷たく固く冷えているのに、蔓を支えるこめかみだけが燃えて捩じ切れそうに熱い。
「弁当……、あのなおじさん今日は弁当作ってきたんだよ、」
疲れた髭面に愛想笑いを浮かべていても、だからこそ、なおさら哀しい声だった。掻き毟られる胸の内を紛らすように、少年は冷たい拳と唇を噛み締めた。
――うんざりなんだ、こんな風に心に土足で入って来られるのは、すぐにでも耳を塞いで走り出して、その声が届かない場所にまで逃げてしまえばそれでいいのに、なのに自分はそうせずに、より足場の悪い方向へ自ら突き進んでしまう。闇雲におじさんを傷付けて、返す切っ先で自分自身も傷付いて、それで誰も救われやしないのに。
「!」
払い除けられた牛丼のスチロール容器から飛び出た油まみれのミックスフライとケチャップライスが、おじさんのグラサンの真前をコマ送りの放物線を描いて地面の上に転がった。突き落とされた理不尽に耐えて鮮やかなグリーンピースの緑が哀愁を誘う。つまようじ製の小さな旗も砂利にまみれた。眼鏡越しの無残な風景に、だが少年は眉ひとつ動かさなかった。動かそうとしなかった。
「おっ、おじさんほら年だから、うっかり手がすべっちゃったみたいだよハハハ、」
ばら撒かれた弁当を覆い隠すようにおじさんは地面に這いつくばった。
――ごめんな着物汚れなかったかい、振り向かずに少年を気遣うおじさんの縒れた半纏の背中は細く泣いていた。泥を被って無様に地面に転がされているのは、あれは弁当のおかずではなくて少年に全身で拒否されたおじさん自身だった。
「――……どこまでゲンメツさせりゃ気が済むんだよッ……!」
少年は締め付けられる喉を開いて声を押し出した。
「……えっ」
泥トッピングのフライを摘んでおじさんが顔を上げた。見慣れた漆黒のグラサンの輪郭が、水を含んだ筆でなぞられたようにぼやけて滲む。
「しっ、シンちゃんっ……?!」
歪んだ景色の中でスチロールパックを抱えたおじさんが狼狽えている、――そうか、泣いているのは自分なのだと少年は気付いた。レンズの縁に溢れた熱い涙を拭おうともせず、棒立ちのまま少年は続けた。
「……そんなに……、そうやってボクを悪者にして、……そうさ、ボクが幻滅しているのはマ夕゛オさんにじゃない、自分自身にだよッ……!」
濡れた眼鏡を袖に覆って少年は嗚咽した。
……おじさんに、マ夕゛オさんに理想のマ夕゛オさん像を勝手に押し付けたのは自分のくせに、それが多少(?)揺らいだからって手酷い裏切りを受けた気分になって逆恨みして、
――みんな消えてしまえばいいんだっ、
自分以外の誰もが幸福に見える世界を呪って心はささくれ立って、絶望的な気持ちのまま、吐き捨てた言葉と尖った態度にマ夕゛オさんを傷付けた。そうして自分もボロボロになった。誰のせいでもないのに誰かのせいにするしかできない、僕はどうしようもない子供だった。
「……シンちゃん……」
地面に四つん這ったおじさんが呆然と少年を見上げた。立ち尽くした少年は何ら人目を憚ることなく、ひっくひっくとごーかいに啜り上げた。
――ざわざわざわ、朝の忙しい時間帯にも関わらず、何事かと周囲に人垣が出来た。
「――シンちゃん、」
散乱した弁当を片しておじさんはすっくと立ち上がり、泣きじゃくる少年の肩に手をやった。
「理由はどうあれ、食べ物を粗末にしちゃいけないよ、」
おじさんがせっかく朝イチでふぁみれすの裏手から集めてきたんだからね、グラサンをめっ、と顰めてみせておどけた様子におじさんが言った。
――パチパチパチ、ギャラリーからまばらな拍手が上がった。投じられた小さな波紋は連なる細波となって少年の周囲を温かに包んだ。少なくとも、そのとき少年にはそう感じられた。
「……、」
垂れた鼻水を啜って少年は頷いた。
「……すみませんでした、」
涙声に詫びる少年の姿に、おじさんはもう、それ以上何も言わずに無精髭の強面を綻ばせた。
「――マ夕゛さんっ!」
感極まった少年はおじさんのくたびれた猫背の胸に顔を埋めた。
――よっオメデトウ!
……おめでとう、オメデトウ、野次馬の輪から次々と無責任な掛け声が飛んだ。澱んだ大気に浮かぶ太陽の下で皆笑っていた。塵溜めのような都会の片隅で、それは小さな奇蹟だった。