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ドキドキしちゃう

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来良学園を卒業すると同時に僕は実家に強制送還されることになった。
 理由はいくつかあるが、池袋がこの数年で物騒になった事と、正臣が行方知れずだという事が親に知れたのが大きいのだと思う。
 かくして、未成年の僕は両親の下から地元の大学に通う、至って平凡で退屈な日常を送る事となった。
 平凡で、退屈な、日常。
 実を言うと、親の言うままにずるずると連れ戻されたのは、僕自身がその平凡で退屈な日常に飢えていたからだと、池袋を離れて三年、ぼんやり大学の窓から外を見ながら思う。
 地元に戻って以来、パソコンにも、携帯電話にも触れていない。学部の中では「機械オンチ」とか「世捨て人」とか呼ばれているが、それ以外は良好な人間関係が築けていると思う。ダラーズのことは誰にも話していないけれど。
 池袋が今どうなっているのか、僕は知らない。ブルースクウェアも黄布族も、池袋で出会った彼ら、彼女たちも、知らない。
 抗争や情報、暴力と裏切りの中で、父と母の「帰ってきなさい」に僕の心はふやけて植物の茎のように、くたりと地に伏してしまったのだ。

 「竜ヶ峰、君ちょっと残って」
 講義の終わりに教授にそう言われて、僕はぞろぞろと教室から出ていく生徒の波に逆らって彼の下に行った。
 「なんですか?」
 授業で使用したテキストを鞄に収めながら初老の教授は大仰にうんうん頷いて見せる。彼の癖だった。
 「いや実はね、今度池袋で講演会があるんだけど、君についてきていほしんだ」
 「え…」
 「ほら、パソコン、使うでしょ?講演会で」
 「は、はあ」
 「前みたいにさあ、動かなくなったら怖いじゃない」
 腰が曲がりかかって体は小さいのに、いやに輝いた瞳が覗き込んでくる。
 「いや、僕はパソコンは……」
 「直してくれただろ。この前」
 「いや、あれは…………その」
 確かに、彼のパソコンの不具合を直した事があった。でもそれは、たまたま早く来ていて教室に彼と僕しかいなかったからだ。
 「ね、ちゃんと交通費もバイト代も大学からでるから。頼んだよ」
 「ちょっと、ま、いえ、でも」
 「というわけで、明日の10時に池袋の駅でね。君携帯持ってないの知ってるから、ちゃんと事務から借りてきたんだ。はいどうぞ」
 「あ、どうも…いやちょっと待ってください」
 「じゃあ着いたら連絡するから、よろしくね」
 教授は紙の束のぎっちり詰まった鞄を軽々と持つと風のような速さで教室から消えた。
 「……………………」
 僕の手の中には、何世代も前の携帯電話がある。
 外界への通信手段。
 僕はぞっとして携帯電話の電源を落とした。
 「困った…………」
 池袋に行く。
 その事が何だか夢のような茫洋とした話で、それと同じくらいの大きさの測れない不安が僕の中に渦巻いていた。 

 結局、碌に眠れないまま僕は電車に揺られていた。
 池袋駅に近づくにつれて体か強張り、肌が粟立つ。彼らや彼女たちと会ってしまったらと思うと気が気でなかったが、帽子やフードを被れる服装でない為、僕はスーツの折り目にじっと視線を注いでいた。
 駅に着くと息をするのも苦しくて、あの、親友と再会した場所へふらふら歩いて柱へ背を預けてしばらく指の一つも動かせずにいた。
 手元の時計が9時45分を過ぎたところで、僕ははっとして携帯電話の画面を見た。
 電車に乗る前にマナーモードにしてあるが、一応朝から電源はつけていた。なんだかんだ言って、僕はあの教授の事を好いているのだと思う。でなければ池袋に行こうなんて絶対に思わない。あの人が会場で困るのは嫌だったからだ。担当は教養科目で、ゼミの教授とかじゃないけれど、何故か、僕はあの人が好きだった。
 携帯電話の液晶に留守電のマークがあった。
 僕は勘で適当に操作して、携帯電話を耳に当てた。
 「あ、竜ヶ峰か?ごめんごめん寝坊しちゃった。それから家の鍵が見つからなくてね。悪いけど三時間ほど遅れるから、適当なとこでお茶でも飲んでてよ。あ、講演会は順番最後に回してもらったから。着いたらまた連絡するよ。じゃあよろしく」
 寝坊……。あの人って幾つなんだ。
 僕は電話口から聞こえる彼ののんきな声音にすっかり脱力してしまった。
 複雑な顔で液晶画面に表示されている彼の名前を見つつ、僕はなるべく中の見えない喫茶店を探す事にした。
 池袋にいる間は彼と一緒だと思っていたから、もし誰かとあっても何とかなるような気がしたのだ。三時間の我慢だ。
 僕は最小限の動作で歩き出した。少しでも音を立てたらすぐに見つかりそうな、そんな気がした。
 気の振れさえ、この街に気取られそうで怖かった。
 僕はそっと息を吐きだした。
 「帝人君」
 緩慢な動作で、顔の前を黒い腕が横断して、壁に手を付いた。
 僕は体を翻して一目散に改札へ走るべきだった。けれど、体は全ての神経の接続が切れたように動かない。
 「帝人君」
 そっと、耳元へ吹きこむように、彼は僕の名前を呼んだ。
 体に酷い倦怠感を覚える。どっと空気が重みをもって僕を覆う。
 目線と顔を、同じ速度でゆっくり上げると三年ぶりの瞳がそこにあった。
 「やあ、偶然だね。帝人君」
 三年前と変わらないセリフを吐いて、臨也さんは笑った。

 いつだって彼は、僕に会うと「偶然だね」と言って笑った。
 「君が池袋を去ってどの位になるのかな?」
 コーヒーに砂糖を入れながら臨也さんは言った。
 二人でファミリーレストランに入るはこれが初めてじゃない。もっと言うと、二人でお茶を飲んだり食事したりするのはとても頻繁にあった。特に正臣がいなくなってから、彼にはとてもお世話になっていたから。
 「高校卒業と同時に実家に帰りましたから、三年になります」
 僕は目の前で白い湯気のゆれる黒い水面を見ながら言った。
 「ふうん……そんなにかー…元気だった?今は何、大学生?」
 「あ、はい。今四年生です」
 「そうなんだ。やっぱり理工系?地元で理工系っていうと」
 「あ、いえ、文系で、まあ、文学的な事を勉強したりしてます」
 「ええ?以外だなあ。帝人君は、そういうのとはかけ離れてるとは言わないけど、パソコンとか、そっち系に近かったじゃない」
 「ええ、まあ、そうですね」
 僕は大学で専攻している分野についてぽつぽつと話した。臨也さんはそれを興味深げに聞いて、積極的に質問をしてくる。正直言うと本当は僕の事を全部しっているのではないかと思っている。僕が池袋を離れる決意をした事は誰にも言わなかったし、誰にも別れを告げずに発ってしまったけれど、臨也さんは僕が池袋を離れた日も、地元の文系の大学を受けた事も、何故今日池袋にいるのかも、知っているのではないだろうか。
 彼の表情をそっとうかがいながら、僕はふと、既視感を覚えた。
 「本当に、さあ、帝人君、いきなりいなくなったじゃない」
 会話が途切れて、僕が唇を緩めて息を吐いた時、臨也さんはしみじみと言った風に物憂げな眼をやってきた。
 「それは……すみませんでした」
 臨也さんは声を出さずにふっと息を吐いて笑う。
 ああ、そうか、あの教授に似ているんだ。話し方とか、息のつき方とかが、正確には教授が彼に似ているんだな。
作品名:ドキドキしちゃう 作家名:東山