ドキドキしちゃう
「楽しかったよね、あの頃は。ほとんど毎日君と会ってた」
かつんと、コーヒーカップの縁に銀のスプーンが当たった。
「俺が君の家に行ったり、君が俺の家に来たり、クリスマスとか正月とか、イベント事も君と一緒だった気がする。誕生日も、俺の部屋で祝ったよね」
誕生日。臨也さんに誕生日を祝われたのは一回きりだ。高校2年生の時の、3月。1年生の頃はもう過ぎていたし、3年生の時はすでに高校を卒業して実家に帰っていた。
17歳の誕生日、彼の部屋で、ホールケーキを食べた。高そうな店の、おいしいケーキだった。プレセントも貰った気がする。
僕も、臨也さんの誕生日を祝った。一度きりだけど。
臨也さん。
記憶の中で、僕が臨也さんに小さく笑いかけた。
来年の誕生日も、こうして一緒にお祝いできたらいいですね。
帝人君は来年、お祝いしてくれないの?
え、あ、あの、しますけど、でも、来年は臨也さん、他に祝ってくれる人が出来てるかもしれないじゃないですか。今日だって本当にたまたま…。
してよ。
来年も、俺と俺の誕生日祝ってよ。
ねえ、帝人君。
銀色の金属が波を作って縁にぶつかる音で、僕は我に返った。
さざめく気持を繋ぎ止めるような気持でコーヒーカップに口を付ける。
「ブラックで飲めるようになったんだね」
「え……」
「コーヒー、俺といた時はいつも砂糖とミルク必須だった。……ねえ、帝人君、君は今まで、どこの誰と、どんな風に生活してたの?」
臨也さんは親しげに微笑んで首をかしげて見せた。
彼は全部知っているのではないか。
僕は胃の腑が氷のように冷たくなるのを感じた。
「君がいなくなって、本当に大変だったんだよ。ダラーズもブルースクウェアも、他の色んな事も。俺も」
ダラーズ…そうだ、僕は全部放り出して逃げた。池袋の事を全部。大学に入った当初は頻繁に心を苛んだ事も、平凡な生活を謳歌している中で、もう、遠くの事のように感じてすらいた。
崩れ落ちるように体から力が抜けて、僕はテーブルに手を付いた。
「凄く寂しかった。君に置いていかれて」
コーヒーカップに浮かぶ自分の顔が揺れて歪む。
「ダラーズの事で、俺、君を沢山手伝ってあげたよね。寂しくて可哀そうな君の傍にもいてあげた」
温かい手が、僕の手に重ねられた。
全てが柔らかくねじ曲がった視界の中で、彼の長い指を囲む銀の指輪だけが鋭利に光っていた。
ああ、そうだ、誕生日プレゼントに、指輪を貰ったんだ。銀色の、彼の指輪を。
池袋を発つとき、ほとんどすべてあの部屋に置いてきた。
あの指輪。
あの指輪は?
「ねえ、どうして置いていったの?」
急速に淀む世界で、テーブルに出していた携帯電話がチカチカと赤い点滅を繰り返していた。