二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

四月馬鹿

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
何時もなら、喫煙ルームか非常口の外か、または換気扇のついた給湯室で煙草をくわえているのがデフォルトの政宗が、今日は禁煙のリフレッシュ室の片隅でスツールに腰掛け、ぼんやりしている姿に、幸村は会議室へ向かう途中の足を止めた。
(政宗どの…、このような所でお見掛けするとは、珍しい)
そのまま目的の場所に行けばいいものを、幸村は生来の人の良さからかリフレッシュ室に入って行った。
「政宗ど…伊達部長、このような所で如何した?」
「……あぁ、真田か」
「何やら物思いに耽っておられるようだが…少し、顔色が優れないのでは?」
政宗が一言返したのに、幸村は倍以上にして更に言い募ってきた。政宗は肘をついた手に顔を預けたまま、傍らで撒くし立てる同僚を胡乱げに見遣る。
年若くして(政宗自身もそうなのだが)重要ポストに就くからには優秀なのだろうが、このいでたちだけでは到底そうは見えない。
政宗は、人なつこい愛玩動物に類してそうな同僚の爛々とした瞳を見上げ、そしてフイと反らした。
「伊達…部、長?」
「ちょっと、ヒトにゃ言えねンだ、」
「某でも…?そんな切実な悩みを抱えておいでなのかっ!?」
「声デケぇよ。…ちょい耳貸せ、」
言って、政宗は人指し指をクイと曲げる仕草で、幸村を呼び寄せた。



「佐ァ助ぇぇぇ~っ」

会議室のドアを壊れんばかりに押し開いたと同時に、幸村は腹心の名を呼んだ。驚いたのは、呼ばれた本人だ。
「あ…のねぇ、幾ら内輪の会議で今は俺しかいないからって……言うだけ無駄か、」
持ち込んだノートパソコンで資料作りをしていた佐助は、肩を落として言った。そんな彼の様子…どころか台詞も耳に入っていないだろう幸村は、まだドアの傍で。真っ赤な顔で肩をいからせ、これ以上ないくらい目を見開いて立ち尽している。もしかしたら先程の一声まで口をつぐんでいただけでなく呼吸すら忘れていたのではないだろうか、そう思える程に幸村の頬は紅潮していた。
「……で、どうしたんですか?」
促してやれば、
「佐助ぇ、某…どうすれば…っ、あ!でもヒトに言えぬと…」
おろおろと不可思議な言動を繰り返す。
「もぅ言っちゃってるし。いいから、ほら俺だけだし」
仕事に没頭した時の切れは何処に行ってるんだろう、そう思いながら佐助は極力柔らかい笑みを作って言った。
……が、

「政宗どのが…実は女性で、しかも、しかも、その、お腹に…こ、子がっ」

幸村のもたらした言葉に、佐助の頬がピクリと引きつった。
(な、なにを吹き込んでくれてんのさ!!)
「このような大事な事を一人で抱え込んでおられて…あぁでも…他言できぬという事は道ならぬ恋…道ならぬ恋っ?!はれんちなっ」
勝手にぐるぐると思考を巡らせる上司に、佐助は目眩を覚え額に手をあてた。自身を落ち着かせるように鼓舞するように、長く息を吐きだし、立ち上がる。
「きっと伊達部長得意のジョークですって、」
未だ立ち尽しパニックに陥っている幸村の傍に寄り、手近な椅子まで促す。
「…ジョーク、だと?」
「そ、からかわれたンだよ旦那」
「そうであろうか…しかし真であれば…」
どこまでお人好しなんだか、と佐助は小さく嘆息し、
「じゃあ俺が真偽の程を確認してきてあげるからさ、ね?」
言って、どこで政宗と会ったのかを聞き出すと佐助は会議室を後にした。
てっきり喫煙ルームだと思っていた佐助は、政宗が禁煙ゾーンにいたと聞かされて、こりゃホントに何かあったかな、と僅かに思った。とは言え「女性でした」等とは信じる訳ないのだが。
早足に向かった佐助は、リフレッシュ室の入り口で躊躇いがちに室内を見ては頬を染め、はしゃぎながら立ち去る数名の女性社員の姿を目にした。
「…??」
いぶかしげに首を捻りつつ、リフレッシュ室へと入る。そこで、あぁ、と納得した。
長テーブルの一番奥で、スツールに浅く腰掛け突っ伏している政宗がいたからだ。しかも、眼帯で隠されていない、何時もは油断なく輝く眸が今は瞼の奥で。
「一体どうしちまったんだか、」
言いながらも、なるべく足音をたてないよう注意をはらい、佐助は歩を進めた。
と、

「―――猿飛か?」

かすれた声がそう問掛けてきて、閉ざされていた瞼が薄く開かれた。
「あれ、起こしちゃいました?」
「いや、寝てた訳じゃねぇから気にすんな」
億劫そうに上体を起こし、政宗は重々しい吐息を溢した。
「珍しいッスね、」
社内や取引先、つまりは公の場で政宗がこのような姿を晒す事はまずない。仕事を離れた私的な飲み会なんかをした折りに、僅かによろう仮面が崩れるのを知っている程度だ。
「Ah~、流石にトンボ帰りな海外出張に続けて残業の日々と来りゃ、いかな俺でも堪えるぜ」
言って無造作に前髪をかきあげる。その瞬間にどこか遠くでパシャリと携帯特有のシャッター音がしたような気がしたが、佐助は敢えて気付かなかった事にした。
「まさかと思いますケド…その憂さ晴らしにウチの旦那に馬鹿な事、吹き込んだ?」
溜め息まじりに声を低くして言うと、政宗は僅かにひとつ眼を見開き、次いで悪戯っぽい光を宿したそれを細めた。
「真田にナンて聞いてきた?」
「……オンナで腹に子がいる、って」
何故だか悔しく、ぶっきらぼうに言い放つ。その佐助の言を受けた政宗はクク、と喉を鳴らしおかしそうに口の端を歪ませた。
「ちょ、笑い事じゃないよ!ウチの旦那、純朴なんですから、信じちゃいますって!」
「I don’t know(知らねぇ)」
「いくら今日がエイプリルフールだって、言ってイイ冗談と悪い冗談があるでしょうが、」
呆れた様子の佐助が隣のスツールに腰掛けると、政宗は再びテーブルに沈んだ。
「…駄目だよ、俺は騙されませんからね」
辛辣な口調で言い放った佐助に、しかし政宗からの反論はなかった。
「…伊達部長?」
呼ぶも、閉ざされた瞼は持ち上げられる事もなく。
「……竜の旦那?」
やや砕けた口調で呼ばわって顔を覗き込めば、男性にしては白いと認識していた肌は、白いを通り越して青白くさえあった。
連日過酷な日々が続いていたというのは嘘ではないらしい。しかも、忙しいのが常であるこの男が表に出す程に、この数日は凄まじかったということだろうか。
「旦那? ナンだったら俺ら会議室押さえてるし、ちょっと休んでけば?」
気遣った佐助の言に、
「Ha! ご休憩料金は経費で落ちるかい?」
瞼は閉ざされたまま、薄く整った唇が弧を描く。
「意外に下世話なコト知ってんのね。でも厚意は茶化さない方がイイと思うけど?」
慣れた会話に頬杖をついて言う佐助に、漸くひとつ眼が向けられる。
「Sorry…、だが休憩は辞退しとく。だいぶマシになったからな」
「だったらイイけど。あ、ウチの旦那には嘘吐いた事ちゃんと謝ってよ?」
「I don’t tell a lie(嘘は言ってねぇ)、アイツが勝手に思い違いしただけさ」
態と勘違いするように言った事は黙っておく。
「…どんな言い方したんですよ?」
だがそれを佐助は気付いているだろう。政宗は口角を持ち上げ瞼を半ばまで下ろすとやにわに俯いた。そして、
「俺がもし…今までの姿を偽ってたとしたら、アンタどうする? 見た目の俺に騙されたって、怒るかい?」
作品名:四月馬鹿 作家名:久我直樹