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【腐向け】ならぬならぬ【成長団きり】

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ぎし、と縄がしなる音が、辺りに響いていた。
「あ……、も……っ、」
かすれた声を漏らし、目に涙を浮かべているのは、摂津のきり丸だ。この春、めでたく四年に進級した。
だが今の姿はどう見ても、忍術学園の四年生として誇れる姿ではなかった。
その身体は太い縄に縛り上げられ、大木の根元に括り付けられていた。
顔は上気し、辛そうな表情を浮かべ、はあはあと荒い息をこぼしている。
身体をねじり縄を断ち切ろうとするが、道具はすべて奪われてしまっており、縄抜けもできないよう固く縛られている。
忍びとしての一切を封じられ、四年生の力では為す術もないというのが正直なところであった。
身体が、興奮に疼いている。この有様をいさめる方法が、今のきり丸にはまったくわからなかった。
「あ……う……っ、やだ……、ほし、……よお」
顔を伏せ、耐えきれないというように、とうとう呻いてしまった。
「……そんなに、欲しいの?」
小さく声を出し問いかけたのは、目前でそんなきる丸の姿を眺めていた、同じ四年は組の加藤団蔵であった。
きり丸の異様な興奮状態にあてられたのか、自身も声がかすれている。
きり丸は目をとろりとうるませ、首を縦に振る。ほつれた後れ毛が汗で、首元にはりついていた。
ごくりと、団蔵は思わず生唾を飲みこんだ。
正直、今のきり丸から放出される色気はすさまじいものがあった。
恋仲になって一年がたつが、きり丸のことを考え、いまだ身体の関係は持っていない。だがきり丸の今の姿からは、まるでもう場馴れした遊女のように、婀娜っぽさが駄々漏れになっている。
団蔵は思わずその手を伸ばしかけ、──はっと直前で我に返り、慌てて首を振り腕を引っ込めた。
「だ、駄目、だっ」
「あ……んでだよっ、ちょーだい……」
きり丸はとうとう、目尻に涙まで浮かべ始めた。そうとう辛いようだ。限界はもう、とうに超えているのだろう。
「ねえ……ちょーだいよ……ねえ……っ、」
たまらないというように身体をねじり、懇願し、ひれ伏すきり丸の姿に、団蔵は間違いなく自身の征服欲が満たされていく感覚に陥った。
「……っ、きり丸……っ」
もう耐えられず、再び手を伸ばしかけた、その時だった。
「あーっ! 駄目だよ団蔵、あげちゃあ!」
飛び込んできた叫び声に、団蔵ははっと我に返る。発言主へ顔を向けると、腕を組んだ同級生の姿があった。
猪名寺乱太郎。きり丸と団蔵の級友でもある。団蔵は動揺し、辿々しく声を出した。
「ら、ん」
太郎、と言葉が続くのと同時に、その手元から輝くそれが零れ落ちた。
ちゃりーん、
固い金属音を響かせ、小銭が地面でわなないた。瞬間、きり丸から再びうめき声が漏れる。
「うああ……小銭ぃっ……」
目の前に見えてるのにいいいい、と叫び喚くような声音で辛さを訴えているその顔を、団蔵は哀れんだ表情で見るしかできなかった。
乱太郎の目は冷めていたが。


そもそもの発端は、きり丸のこの癖にあった。
小銭と見ればどこへでも食いつき、何をするにも金稼ぎが優先。この性格は、必ず将来痛手となると、担任の土井半助は言った。
「もしきり丸の正体がどこぞに露見し、きり丸を捕えようとしたとき、この癖が直っていなければ確実にまずい。あっという間に捕まり、拷問にかけられてしまうだろう。下手をすれば、拷問よりも金に釣られ、機密項目を吐いてしまいかねん」
団蔵はそんなことはないと反論をした。いくらきり丸でも、時と場所は見極めているはずである。
だが半助も、それは分かっているとしたうえで、だがそうなることも否定できないとした。
団蔵も、最終的には反対をしきれなかった。
結局、「訓練として、精神を鍛錬しておくに越したことはないからな」という半助の指導の下、決められた日の放課後に、鍛錬が行われることになった。
方法は、きり丸を中庭の大木の根元に縛り、その目前で小銭を掲げてやる、というもの。
この単純かつ容易な方法は、いっそきり丸を怒らせるのでは、と団蔵は危惧していたが、実際はこの通りである。
一度試しに行ってみれば、土井の思惑通り、きり丸ははしたない表情をこぼしながら、秘密をべらべらと垂れ流しにしてしまった。
それには団蔵との愛の囁きまで混じっており、質問した乱太郎の方が羞恥に悶えるという、なんともいえない結果も招いてしまった。
そしてそれ以来、団蔵と乱太郎は、きり丸の「特訓」に付き合っているのである。


「でも本当にこれじゃ、きり丸、敵に内部情報を漏らしかねないよ」
「うん……」
団蔵は力なくうなずいた。乱太郎の心配はよくわかる。
そもそもこんなにあっさりと弱点を露呈していれば、敵に捕らえられやすいのは当たり前だ。捕えられやすいということはつまり、拷問にかけられる割合も増える。
通常の拷問ならいざしらず、自分たちの世界には快楽攻めというものも存在している。つまり快楽により相手の口を割りやすくするというものだ。
くのいちが使う手ではあるが、逆に男の忍びに対し使われることもままあるらしい。どんな男であっても、痛みには強くても、快楽には弱いものだ。
もしきり丸がそんなものにかけられようものなら、自分だって冷静ではいられないかもしれない。
もちろんそれくらいで動揺していてはプロ忍などなれるわけがないないとわかっているのだが、今自分の感情はどうしようもなかった。
脳内で、裸に剥かれいいように扱われるきり丸を想像するたび、いい得もしれない憎悪と怒りと少しの興奮が、団蔵を取り巻くのであった。
「おーい、乱太郎」
悶々としていると、中庭の向こうから声がかかった。呼んでいるのは、これまた級友の黒木庄左ヱ門だ。何かの冊子を見せながら、こちらに向かって手を振っている。
「あ、庄ちゃんと約束してるの忘れてた」
乱太郎は呟き、団蔵へと向き直る。
「じゃ、団蔵、あとはよろしく」
「えっ」
「今日こそは、最後までほどいちゃだめだからね」
人差し指を目前に突き出し言い聞かせたあと、乱太郎は庄左ヱ門の元へ駆けて行ってしまった。いつも根負けしてほどいてしまう団蔵へ、念押しのつもりだったのだろう。
「……わかってるよ、俺だってできるさ」
団蔵は大きなお世話だと言わんばかりにぼやき、自分の頬を一度叩いて引き締めた。
大木の根元では、相変わらずきり丸がはあはあと息を漏らしながら呻いている。おそらくずっと、耐え忍んでいたのだろう。
「う」
尚も溢れる色香に、団蔵は思わず声を漏らしてしまった。
「……だん、ぞ……」
小さい声で、きり丸は団蔵の名を呼んだ。
ぎく、と団蔵の肩が跳ねる。きり丸のことは見ないようにして、地面に転がったままの小銭を拾い上げる。
「ねえ、だんぞ……っ、ちょーだい、それ、おれに……っ」
縄に抵抗しすぎて体力を削られてしまったのか、もう息も絶え絶えだった。目尻に涙を浮かべ、欲しいと懇願するその姿にいらぬ妄想をしてしまい、団蔵は必死に頭を振る。
「な、泣き落としをしたって駄目だぞ! 俺はきりちゃんの為を思ってっ……!」
ここは心を鬼にするのだ、と言い聞かせながら、団蔵は小銭を持つ手を握りしめる。だが。
「……っおねがい、団蔵、おれ、なんでもするから……っ」
その言葉に決意はなし崩しになってしまった。
(な……何でも)