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【ポケモン】こころの在処

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 そのポケモンは、優しいひとみをした子だった。

 大概はボールの中でじっとしていて、たまにさして広くもないプールの中をゆったりと泳いでいるのを見ることができた。与えられた餌を喜んで食べている様子はとてもかわいらしく、心なごませられたものだった。堂々と触りに行くことはできなかったけれども、警備の方に知り合いがいたのもあって、私はこっそりとならそのポケモンのもとに行くことができた。遠目から見た通りおとなしく、人懐こい子だった。誰かを背に乗せるのが大好きだった。もっと言えば、乗せた誰かが楽しそうにしているのを見るのが大好きな子だった。私はもともと泳ぎが大の苦手だったから、例えプールの上だったとしても水の上を滑る感覚は馴染みがなく、それだけにその子が背に乗せてくれるのはとても嬉しいことだった。そんな私を見る、その子もとても嬉しそうにしていた。
 私のしごとは、シルフという会社の製品を広く知らしめることだった。しかし私とその仲間がいくら宣伝し声を張り上げても、ひとは振り向かなかった。カントーではいちばんの大会社で、ネームバリューもあったはずだけれど、ジョウトやホウエンの会社に押され始めてお客はなかなかシルフの製品に手を伸ばさなくなってきていた。代わり映えのしない製品に飽きられ始めていたのかもしれない。
 てきめんに効果があったのは、イベントでその子を連れていったときだった。
 野生では滅多に見られないのが客の興味を引いたらしかった。その子は乱獲の所為で数が少なくなってしまったポケモンで、タマゴから生まれたのをジョウトの育て屋からシルフで預かっていたのだ。けしてそういう風に扱っていい子ではなかった。
 けれども売上の数字があきらかに膨らんだのを見て、最低限のモラルは吹き飛んでしまったらしい。そうして全国各地を連れ回されることになるのを、誰も彼も止めなかった。私を含めてだ。―――おろかなことだった。
 私達がこの子にしていたことはシルフを襲った彼らと変わりなかったのだと思う。めずらしく、客の興味を引くポケモン。イベントのたびに連れ回すのはただの見世物となんら変わりはなかった。それでもこの子が逃げ出さなかったのは、まさしく飼われていたからだ。外の世界を知らなかったからだ。そして私達は、それを教えることもしなかった。今になってようやく悟った。
 この子はほんとうに優しかったのだ。





 ―――忍び込むにしてはずいぶん派手にやってきた侵入者は、赤い帽子の少年だった。かわいいけれどよく鍛えられているらしいピカチュウを肩に乗せている。向かってくるわるいやつらはみんなやっつけてきたのだと、頼もしいことを言う。注意してみればあちこち傷だらけになってしまっているのに、まるで曇らないその笑顔にこの少年の芯の強さを感じる。許せないものをやっつけにきた。理由は単純明快だった。私達が持てなかったものだ。そう思うと、それがひどく眩しく感じられた。
 私はそのとき、その子が入ったモンスターボールを持っていた。ロケット団が襲ってきたとき、咄嗟に掴んで逃げていたのだった。そのときの自分の行動も、同じくらい衝動的なものだった。
 私は、ボールをその少年に差し出したのだ。


 ――― ここに いるよりは ずっと いいだろう から


 手は震えていた。怖れからだった。
 混乱の中だとはいえ、私が無断でこの子を譲り渡したことはすぐに知れてしまうだろう。シルフがどうなるかは分からないが、どちらにせよこのことで私はろくな目を見ないだろう。どこかで保身を図ろうとするこころが手を引っ込めさせようとしている。
 少年はきょとんとした顔をしていたが、ぱっと嬉しそうに微笑んで私の震える手に乗るボールに手を伸ばした。光の加減で透けて見えるボール越しに、柔らかく笑いかけている。その少年の笑顔がただ単純に優しそうで、そんな簡単なことに私はこれ以上ないほどほっとしてしまう。
 緊張で固まっていた身体から一気に力が抜けた。そんな私の気持ちなど露知らず、少年は私に向けてお礼のことばと一緒に一度ぺこりと頭を下げると、やって来たときと変わらないか、それ以上に堂々とした足取りで移動パネルに向かった。そのちいさな背中が、私は物語に出てくるヒーローのもののように思えた。例えその怖れのなさが子どもだけにゆるされているものだとしても。
 ぱしゅん、とパネルを踏んだ姿が一瞬で掻き消える。優しかったあの子も一緒に。
 自分がしたことをぼんやりと理解した途端、ぼろっと涙が零れた。慌てて袖で拭うが、次から次へと溢れて止まらない。涙の理由が悲しいからなのか安心したからなのか、それとも全然別のものからなのかは分からなかった。ただ分かるのは、水の上を滑るよろこびを教えてくれたあの子がもういないということだ。
 残ったのは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしている、みっともない大人がひとりだけ。