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消えた灯台

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「こんばんは、ミスター」

田舎の夜だった。
俺はその頃学生の身の上で、ロンドンにある大学に通っていた。ひとりで借りるには広い下宿は立派ではなかろうがそれまで暮らしていた寮よりもずっと居心地が良かったこともあって、ここ二年ほど実家にはなんやかやの理由をつけ、帰っていなかった。列車を降り、辻馬車を拾う。屋敷の名を告げると、御者は一瞬困ったような顔をした──ぼろ馬車に貴族が乗ってくるのには慣れていない、そんな顔だ。俺は50ペンス硬貨をやり、彼に出してくれと頼んだ。
懐かしい道のりである。連絡もせず突然帰郷したのに、その時は理由などなかった。その時はまだ。
朝起きたとたん、「ああ、帰ろう」と思った、それだけのことだと俺は思っていたのだ。馬車を拾い、乗り込んだ瞬間の衝動が「帰ろう」から「帰らなければならない」という焦燥を孕んだものに変わったことにも、このときは気づいていなかった。


その晩は急遽パーティーが開かれた。会場は半年前に大規模な改築を施したばかりのマナー・ハウスだった。父は見栄っ張りであり、本当は領地の北にあるカントリーハウスで催しをやりたがったのだが、しかしそれには時間が足らず、また義母がいい顔をしなかったのである。そのため父の手持ちで、一番見せびらかしたいそこが会場に選ばれたのだ。父よりも俺に年の近い、わがままな感じの美人である義母は、自分のために直したばかりの白い屋敷を使われるのは心外だという顔を隠そうとしなかったが、父はがんとして譲らなかった。俺は別にどこでやろうと同じ、しかも特別パーティーなどしてもらって喜ぶような年でもなかったので荷物から何冊かの本を取り出すと書庫に引っ込み、話がつくのを待った。

サセックスの10月の夜は早く、すでに冷え込んで、二階の梁から綱を渡し、テントを張ったガーデンを主な会場に据えたのは間違いだったと主催者である父をして言わせたが、しかし彼は楽しげに笑うばかりで、日が沈み、夜が更けてもお開きにしようとは言わなかった。あちこちで照らされるランプの明かりは蛍の光のように闇夜に浮かんでいた。
主賓であるはずの俺は窓際の席を陣取り、ぼんやりと座り込んでいた。いやに耳につく海の音はいざ聞くとなると耳障りでしかなかったが、帰途の馬車の窓から見えた海を見た瞬間心がぱっと階段を跳ね上がったのもまた事実だった。今はまた、暗闇に静かな海の音ばかりが聞こえる。人のごった返す中、それでも人間は幼い頃から聞き慣れた音を忘れないものか──俺はそんなことを考えていた。実のところ、退屈でたまらなかったのだった。




観音開きの白いドアが本日何度目かに開き、招待客の名が大広間にこだまする。招待客といっても近所に住んでいる父の裕福な知人ばかり、特に若いむすめの家にいる親達がその主なリストの上部を占めており、言うなればパーティー自体は「俺のため」であっても、人が集まったのは「俺のため」ではなかった。

その時、俺は階段を下りている途中だった。踊り場で足を止めたのは、左腕のカフスボタンの二個目がうまくはまらなかったのに気づいたからだった。着替えを手伝ってくれる執事を目で捜すが、あいにくと見あたらない。新品のシャツのボタン穴はやたらかたくなで、なかなかうまく入らなかった。ようやくボタンを押し込んだ頃には人差し指にボタンの痕が残り、わずかな痛みを覚えていた。
俺はカフスから目を上げた時、ちょうどホールに青い目をした少年が入ってきた。背は高いが、年の功はまだ15かそこらと言ったところで、見たところまだまだ成長期のはしりといった風情だった。現に羽織らされたといった風の黒の外套は肩にサイズがあっておらず、丈も彼の体に合うには、あと何年かかかりそうな感じだった。
彼と一緒に入ってきたシルクハットをかぶった紳士が後ろからそれを脱がせてやっているのを、俺はなぜだかそこに立ちつくしたまま、ぼんやりと見つめていた。そのことになれた貴婦人のように、紳士の手助けを受け、外套から『抜け出る』といった風にするりとそれを脱ぎ捨てた少年の首すじはまるで人形のように白く、そして華奢で、利き手一本で押さえ込んでしまえそうなほどに細かった。何よりもその目。うらやましがられそうなほど大きな目、そしてその色ときたら、とくべつ不思議な色をしていた。一度彼の目を正面から見たら二度と忘れることはないだろう、そんな風に思うほどだった。彼の目はまるで朝やっとほころんだばかりのすみれというすみれをつみ取って、長い長い時間をかけそこから青い色を取り出し、彼のひとみに捧げたのではないのか──紫色に近いのではないかと思えるほど深い青い色をしていたのだ。
少年ははなやかな光を放つ大きなクリスタルのシャンデリアの下で、俺を見上げた。星をその諸手から放つような姿のシャンデリアをうるさげに見やった、と言った方が正しかったのかもしれない。その一瞬だけ彼の目に獣じみた何か火花のようなものが走り、しかし何事もなかったかのように少年の目は「元通り」冷ややかとも思える色を添えただけの、どこにでもある人形のものに戻った。あのぞっとするように深い青い目は光の加減に違いない。にこやかに背後の紳士を振り返り、何ごとかを言っている少年の顔には、あのまがまがしいまでの光はなかった。薄青いガラスのようなブルーの目がふたつはまっているだけだった。
彼が俺を見た、のは、気のせいだったのだろうか?


主役を置き去りにした酒宴は夜を徹して行われていた。旅の疲れもあって、もう眠りたい──俺がそんな風に思い始めたころだった。そもそもこんな風に近所のやつを呼んだところで俺が誰か知り合いがいるわけでなし正直もうかったるいかわいい女の一人でもいるわけでもないどうせなら一人ぐらい若いむすめがいたっていいはずだ
「お一人ですか? ミスター」
いた。むすめではないが、若い。さっきの少年だった。黒いシルクタイはリボンの形に結わえられており、まるで少年のむなもとに留まった蝶のようにも見えた。俺が椅子に腰掛け、立ち上がる気配がないのを見ると、彼は隣に黙って座った。足を組み、靴先が愉快そうに揺れている。
そして、冒頭の挨拶が降ってきた。「退屈そうな顔をして。主役はあなたではないの? ロード・カークランド」
「…そのはずだったんだがな」
違うらしい。俺が答えると、少年はすました顔をして「そんなものですよ、大人なんて」などと笑いながら言った。

少年はアルフレッドといい、俺の(やんわりとした)何者か、という質問に留守中に越してきたアメリカ人だ、と答えた。俺はそれを受けて自己紹介をし、俺は今のところ正式な跡取りではなく、そもそも父が存命である以上「卿」の称号を受ける身ではない、と話した。アルフレッドは大して悪びれる様子もなくそのことを詫び、俺は同じように大したことではない、と肩をすくめた。
作品名:消えた灯台 作家名:tksgi