【米英】絆
1775年4月、あの日の俺は、ヨークタウンの陣営から、これから本格化するであろう戦争に思いを馳せていた。
彼の国から、アーサーから独立できるあと一歩手前のあの忘れもしない戦い。
外では雨が降りしきり、地面に泥濘を作っていた。
「祖国、失礼致します。」
そう言って入ってきたのは、ジョージだった。
「なんだい、ジョージ?」
振り返りもせず、俺はただ机の上の地図を眺める。
それにジョージは何も言わず、軽く溜息をついた。
「祖国、もう少しで戦争が激化いたします。
これを打ち破れば、我が国は独立が出来るようになります。
その前に、一つ、祖国にお願いがあってまいりました。」
雨音と遠くから聞こえる爆音しかしないその空間の中、意を決したかのようにジョージはそこで黙り込む。
それになんとなく、俺は察しがついた。
「なんだい、ジョージ。
言いたいことがあるならはっきり言ってくれよ。
本当だったら、今は誰ともしゃべりたくない気分なんだぞ。」
俺はポケットに入れていた拳をぎゅっと握る。
爪が手のひらに刺さり、その痛みが今の俺の心の代わりのように痛んだ。
「では、遠慮なく申させていただきます。
アーサー様と対峙するのです、手加減などなさいませんよう。」
彼が軽く笑ったのが分かった。
それに俺も笑い、振り向き彼の顔をじっと見据える。
「分かってるよ。
やっとここまでたどり着けたんだ。」
目を逸らすことなく、ジョージの目を見ていると、ジョージは微笑む。
「それを聞き、安心致しました。
それから、独立するのですから、名前の改名もお願いいたします。
もう、彼の家族でも何でもないのですから。」
ジョージも目を逸らすことなく、俺を見据える。
―――彼の家族ではなくなる……その言葉に、覚悟を決めていたこととはいえ、チクリと胸が痛んだ。
「……分かったよ。
これから……たった今から、俺はアルフレット・F・ジョーンズと名乗るよ。
それで……文句はないだろう?」
俺はジョージから目を逸らし、また彼に背を向けると、目の前の地図に目を落とす。
それに、ジョージが溜息をついたのが分かった。
「ありがとうございます、祖国……いえ、アルフレッド様。
皆にその旨伝えておきます。
……考えておいてあったのですね?」
彼のその答えに無言で頷くと、何かを察したのか、彼はくるりと後ろを向き入り口へと歩き出す。
コツコツと小さくなっていく足音の後、失礼致しましたという声が遠く聞こえた。
実際ははっきり聞こえていたんだと思う。
けど、あの時の俺には小さく聞こえたんだ。
彼が出て行った後、俺はポケットから手を出し、そのまま拳を作って机に向かって叩き付けた。
ばきっという音と共に机が割れ、拳に痛みが走る。
その手を天に掲げると、自然と涙が零れた。
「―――ル……ァル……アルってば!!」
身体を揺さぶられて目を覚ます。
辺りを見回すと、そこはイギリスがホスト国のときに使う何時もの議会場の休憩室だった。
「ああ、やっと起きた。
何度呼んでも起きないから、どうかしたのかと思ったじゃないか。」
寝起きでぼーっとした頭の中、俺と似たような顔をしたマシューがぽこぽこと怒っていた。
どうやら、机に突っ伏して寝ていたらしい。
「ん?マシュー?
どうしたんだい?」
マシューに悟られないように、寝起きで目を擦るフリをしながら、そっと目にたまっていた涙を拭う。
「どうしたんだいって、アーサーさんが探してたら、教えに来てあげたんじゃないか。
アーサーさん、先に戻ってるって言ってたけど。
それよりも、大丈夫?
なんか、うなされてたけど……。」
心配そうに覗き込んでくるマシューを退けるように勢いよくたつ。
「だ……大丈夫なんだぞ。
ちょっと、夢見が悪かっただよ。」
誤魔化すようにオーバーアクションで乗り切ろうとしたけど、さすが兄弟なだけあって、何処か疑い深そうな顔をしていた。
「……っ、昔の……今の名前になる前の夢を見てた……ただ、それだけさ。」
ふぅと軽く溜息をついて、俺は観念し方のように呟く。
こういうときのマシューは言うまで離してくれないし、ずっと気にするからね。
「……ああ、あの頃の。
そういえば、ずっと気になってたんだけど、アルの”F”ってなんの”F”なの?」
突然の問いに戸惑った。
今まで誰にも教えてこなかったから。
「いくらマシューでもそれだけは、秘密なんだぞ。
あ、口うるさいアーサーが待ってるから、俺は先に帰るんだぞ。
マシューも気をつけて帰るんだぞ、ヒーローとの約束なんだぞ。」
そう言って俺はそのままマシューの横を走り抜けた。
後ろのほうでマシューがなんか言っていたような気がするけど、今度会った時に聞けばいっか。
会議場から程近い、ロンドンにあるアーサーの家にたどり着いた俺は、インターホンを鳴らすことなく、スボンのベルトループに着けたキーホルダーから、自宅の鍵と一緒に着いている別の鍵を一つ外し、鍵を開ける。
その鍵を元のキーホルダーに着けなおすと、ドアを開けて中に入る。
見慣れた部屋だけど、安心する場所。
辺りを見回しても誰もいなくて、ほんの少し悩んだ。
かちゃりと、キッチンのほうから音がして、そこに居るのだと確信すると、歩みをキッチンに進める。
キッチンまで来ると、アーサーが紅茶を入れ終わったところだった。
何もいわず、俺はそのままアーサーを後ろから抱きしめる。
「んっだよ、声くらいかけられねぇのかよ。」
アーサーは俺を振り払うことなく、紅茶のセットをトレイにのせて嬉しそうに微笑んでいるのが分かる。
それに釣られて俺もうれしくなった。
「アーサー、俺の分はないのかい?」
そう言いながら、アーサーの肩口に顔を埋めると、アーサーはピクリと反応した。
「そろそろ来る頃だと思って入れておいてやったぞ。
俺が飲みたくて淹れた、そのついでなんだからな?」
そわそわしながらそういう彼だけど、きっとマシューに伝言を伝えてから、俺が来るまでの時間に見当つけて淹れ始めたんだろうなぁ。
つい、うれしくなってきつく抱きしめる。
「ん?
どうした、アル?」
抱きしめた俺の腕の中でくるりと向きを変えると、心配そうに覗き込んでくる。
なんでもないって言おうとして、顔を上げると、アーサーに突然頬を撫でられた。
「ちょ、お前、目ぇ赤いじゃねぇか。
どうした?
痛いか?」
心配そうに覗き込んでくる彼が愛おしくて、彼のおでこと自分のおでこを合わせて笑う。
「大丈夫だよ。
休憩室でうたた寝してたら、夢見が悪くてね。」
そう言って言葉を濁した俺に、アーサーは更に心配そうに見上げる。
今にも彼自身が泣き出しそうなくらいに。
それを見て俺は思わず苦笑いをして、彼のおでこに口付ける。
突然の俺の行動に、彼の顔が赤くなっていく。
「―――昔の……ヨークタウンの戦い前日の夢を見たんだよ。」
意を決して言うと、彼の顔が曇った。
この話は俺達の間ではタブーだ。
未だに彼が気にしているせいもあるけれど……。
彼は俯いて何も言わない。
そんな彼をきつく抱きしめる。
「今日、マシューにさ、俺の名前の”F”ってなんの”F”なのか聞かれてさ……。」
彼の国から、アーサーから独立できるあと一歩手前のあの忘れもしない戦い。
外では雨が降りしきり、地面に泥濘を作っていた。
「祖国、失礼致します。」
そう言って入ってきたのは、ジョージだった。
「なんだい、ジョージ?」
振り返りもせず、俺はただ机の上の地図を眺める。
それにジョージは何も言わず、軽く溜息をついた。
「祖国、もう少しで戦争が激化いたします。
これを打ち破れば、我が国は独立が出来るようになります。
その前に、一つ、祖国にお願いがあってまいりました。」
雨音と遠くから聞こえる爆音しかしないその空間の中、意を決したかのようにジョージはそこで黙り込む。
それになんとなく、俺は察しがついた。
「なんだい、ジョージ。
言いたいことがあるならはっきり言ってくれよ。
本当だったら、今は誰ともしゃべりたくない気分なんだぞ。」
俺はポケットに入れていた拳をぎゅっと握る。
爪が手のひらに刺さり、その痛みが今の俺の心の代わりのように痛んだ。
「では、遠慮なく申させていただきます。
アーサー様と対峙するのです、手加減などなさいませんよう。」
彼が軽く笑ったのが分かった。
それに俺も笑い、振り向き彼の顔をじっと見据える。
「分かってるよ。
やっとここまでたどり着けたんだ。」
目を逸らすことなく、ジョージの目を見ていると、ジョージは微笑む。
「それを聞き、安心致しました。
それから、独立するのですから、名前の改名もお願いいたします。
もう、彼の家族でも何でもないのですから。」
ジョージも目を逸らすことなく、俺を見据える。
―――彼の家族ではなくなる……その言葉に、覚悟を決めていたこととはいえ、チクリと胸が痛んだ。
「……分かったよ。
これから……たった今から、俺はアルフレット・F・ジョーンズと名乗るよ。
それで……文句はないだろう?」
俺はジョージから目を逸らし、また彼に背を向けると、目の前の地図に目を落とす。
それに、ジョージが溜息をついたのが分かった。
「ありがとうございます、祖国……いえ、アルフレッド様。
皆にその旨伝えておきます。
……考えておいてあったのですね?」
彼のその答えに無言で頷くと、何かを察したのか、彼はくるりと後ろを向き入り口へと歩き出す。
コツコツと小さくなっていく足音の後、失礼致しましたという声が遠く聞こえた。
実際ははっきり聞こえていたんだと思う。
けど、あの時の俺には小さく聞こえたんだ。
彼が出て行った後、俺はポケットから手を出し、そのまま拳を作って机に向かって叩き付けた。
ばきっという音と共に机が割れ、拳に痛みが走る。
その手を天に掲げると、自然と涙が零れた。
「―――ル……ァル……アルってば!!」
身体を揺さぶられて目を覚ます。
辺りを見回すと、そこはイギリスがホスト国のときに使う何時もの議会場の休憩室だった。
「ああ、やっと起きた。
何度呼んでも起きないから、どうかしたのかと思ったじゃないか。」
寝起きでぼーっとした頭の中、俺と似たような顔をしたマシューがぽこぽこと怒っていた。
どうやら、机に突っ伏して寝ていたらしい。
「ん?マシュー?
どうしたんだい?」
マシューに悟られないように、寝起きで目を擦るフリをしながら、そっと目にたまっていた涙を拭う。
「どうしたんだいって、アーサーさんが探してたら、教えに来てあげたんじゃないか。
アーサーさん、先に戻ってるって言ってたけど。
それよりも、大丈夫?
なんか、うなされてたけど……。」
心配そうに覗き込んでくるマシューを退けるように勢いよくたつ。
「だ……大丈夫なんだぞ。
ちょっと、夢見が悪かっただよ。」
誤魔化すようにオーバーアクションで乗り切ろうとしたけど、さすが兄弟なだけあって、何処か疑い深そうな顔をしていた。
「……っ、昔の……今の名前になる前の夢を見てた……ただ、それだけさ。」
ふぅと軽く溜息をついて、俺は観念し方のように呟く。
こういうときのマシューは言うまで離してくれないし、ずっと気にするからね。
「……ああ、あの頃の。
そういえば、ずっと気になってたんだけど、アルの”F”ってなんの”F”なの?」
突然の問いに戸惑った。
今まで誰にも教えてこなかったから。
「いくらマシューでもそれだけは、秘密なんだぞ。
あ、口うるさいアーサーが待ってるから、俺は先に帰るんだぞ。
マシューも気をつけて帰るんだぞ、ヒーローとの約束なんだぞ。」
そう言って俺はそのままマシューの横を走り抜けた。
後ろのほうでマシューがなんか言っていたような気がするけど、今度会った時に聞けばいっか。
会議場から程近い、ロンドンにあるアーサーの家にたどり着いた俺は、インターホンを鳴らすことなく、スボンのベルトループに着けたキーホルダーから、自宅の鍵と一緒に着いている別の鍵を一つ外し、鍵を開ける。
その鍵を元のキーホルダーに着けなおすと、ドアを開けて中に入る。
見慣れた部屋だけど、安心する場所。
辺りを見回しても誰もいなくて、ほんの少し悩んだ。
かちゃりと、キッチンのほうから音がして、そこに居るのだと確信すると、歩みをキッチンに進める。
キッチンまで来ると、アーサーが紅茶を入れ終わったところだった。
何もいわず、俺はそのままアーサーを後ろから抱きしめる。
「んっだよ、声くらいかけられねぇのかよ。」
アーサーは俺を振り払うことなく、紅茶のセットをトレイにのせて嬉しそうに微笑んでいるのが分かる。
それに釣られて俺もうれしくなった。
「アーサー、俺の分はないのかい?」
そう言いながら、アーサーの肩口に顔を埋めると、アーサーはピクリと反応した。
「そろそろ来る頃だと思って入れておいてやったぞ。
俺が飲みたくて淹れた、そのついでなんだからな?」
そわそわしながらそういう彼だけど、きっとマシューに伝言を伝えてから、俺が来るまでの時間に見当つけて淹れ始めたんだろうなぁ。
つい、うれしくなってきつく抱きしめる。
「ん?
どうした、アル?」
抱きしめた俺の腕の中でくるりと向きを変えると、心配そうに覗き込んでくる。
なんでもないって言おうとして、顔を上げると、アーサーに突然頬を撫でられた。
「ちょ、お前、目ぇ赤いじゃねぇか。
どうした?
痛いか?」
心配そうに覗き込んでくる彼が愛おしくて、彼のおでこと自分のおでこを合わせて笑う。
「大丈夫だよ。
休憩室でうたた寝してたら、夢見が悪くてね。」
そう言って言葉を濁した俺に、アーサーは更に心配そうに見上げる。
今にも彼自身が泣き出しそうなくらいに。
それを見て俺は思わず苦笑いをして、彼のおでこに口付ける。
突然の俺の行動に、彼の顔が赤くなっていく。
「―――昔の……ヨークタウンの戦い前日の夢を見たんだよ。」
意を決して言うと、彼の顔が曇った。
この話は俺達の間ではタブーだ。
未だに彼が気にしているせいもあるけれど……。
彼は俯いて何も言わない。
そんな彼をきつく抱きしめる。
「今日、マシューにさ、俺の名前の”F”ってなんの”F”なのか聞かれてさ……。」