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一夜の客

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「…綱吉」
 柔らかい笑みを口元に称え、彼はオレを抱き締めた
 ――こんな世界に生きて初めて、オレは人がこんなにも温かいのだと知った




【一夜の客】




 吉原――そこは幕府公認の花街
 毎夜毎夜、贔屓の女達に会いに…はたまた花魁の気を惹くために、男達はたくさんの金を携えてこの場所に足繁く通う
 その中には女に興味ない者達も混ざる
 彼らが目指すのは煌びやかな通りを一本外した処にあった
 女ではなく男が売られる茶屋
 俗に云う、陰間の店
 訪れるのは女人戒の坊主や羽振りの良い商人、ごく稀に武家の者
 毎夜変わり映えのない男達を見るのはもう慣れた
 ジロジロと獣のようなねっとりとした視線に晒されることにも慣れてしまった
 逃げ出そうにも格子と鉄の南京錠が邪魔をする
 人間ではなく商品として扱われている象徴である、幾重にも張り巡らされた木製の格子
 …諦めた
 仮に逃げ出したとしても、行く宛も金もない
 時折、自由に空を飛ぶ鳥が羨ましいけれど仕方ないのだ
 使い物にならなくなるまでオレは、この牢獄からは出られない
 そう、諦めていたのに――

作品名:一夜の客 作家名:雪兎