一夜の客
「…?」
初めて見る男だった
道を誤って此方へ辿り着いたのか、それとも此方が目的だったのかは分からないけれど、男の雰囲気にこの薄汚い場所は似合わなかった
「お兄さん、ここに女はいないよ」
陰間を置く茶屋だから、と告げるが、男は相変わらずオレを見つめていた
「君も客を取るの?」
「取るよ…こう見えても意外に人気あるんだ」
男の瞳は綺麗だった
月に照らされきらきらと揺れる
思わずほぉ…と息をついた
この世界では女よりも綺麗で美しい陰間もいる
特にこの茶屋は選りすぐりの陰間がいるのだ
そして、オレは毎日見飽きるほどに彼らを眺めている
…はずなのに、この男の美貌に見惚れた
しばらくして、男はくすくすと笑いを堪えながらオレを見た
どうやらオレは男をじっと見つめていたらしい
「ご、ごめんなさっ…」
「名前」
「へ?」
「だから、君の名前は?」
名前、ないの?
首を傾げて問う男はどこまでも真っ直ぐにオレを見つめる
オレは恐る恐る自身の名を口に乗せた
「…綱吉」
それは惑うことない、オレの本名
何故源氏名ではなく本名を教えたのか、よく分からない
けれど、この人だけには知っておいてほしかった
「綱吉…ね」
男は繰り返しオレの名を呟く
「5代目将軍と同じ名だ」
「罰当たりでしょう?」
遠い昔に言われた悪口を言うと、男は形よい眉をきゅ、と寄せた
「罰当たりなんて、僕は思わない」
驚いて、手に持っていた煙管を落とす
そんなオレの様子に男は淡く微笑んだ