さよなら誕生日
「馬鹿だよね」
すり、ともう一度、左目を優しく拭われる。
「寂しがらせようとして、俺の方がもっと寂しくなるなんて」
指の添えられていない右目に彼の唇が降ってきて思わず目を閉じた。
そのまま、瞼から唇を離さないまま紡がれる言葉に耳をすます。
「会いたいって言わせようとして、会いたくて堪らなくなったのは俺の方だなんて」
リップ音すら立てないキスをして彼の唇が離れていく。
「馬鹿だよね、君のこと考えてたのは俺だ。ずっと君のことを考えてた。寂しくて会いたくて、どうしようもないのは、おれのほうだ、…」
苦しそうに歪んだ眉根に、声に、何て言ったらいいのか分からない感情が沢山おしよせてきて、く、と胸が詰まる気持ちがした。
「馬鹿だと思うなら、嘲えばいいよ」
「っ!」
押し寄せてきた感情に逆らうことが出来なくなって、臨也さんの首に縋りついた。
言葉が出てこない。
声がでない。
言わなくちゃ、言いたい、ずっと、言いたかったんだ、
「寂しかった、です、っ!」
「、 」
びく、と彼の身体が強張ったけれど構わない。構うものか。
泣いてる自覚がやっと襲ってくる。
視界がぼやけて、鼻が詰まって呼吸が出来なくて、口で呼吸をする合間に話すから余計苦しくなって、それでもどうしてもどうしても伝えたくて、僕は必死だった。
「あ、会いたかった、です……!」
「みか、」
「いつも、会えない時は寂しくて、ほん、本当はっ、まいにぢでも会いだくて、!」
「…うん」
「またねって、臨也さんと別れたあとも、本当はさっ、さみしくて離れた、くなくてっもっとずっと一緒にいたくてっ…!臨也さんが忙しいのは知ってるつもり、で、だから、毎日会いたいとか、毎日声が聞きたいなんて我儘、言わないからっ…メールでも、いっいいから、っ」
貴方からの言葉が欲しいんです、と言う前に唇が塞がれて、言葉が全て臨也さんの中へ飲み込まれていった。
話している最中だったから開きっぱなしだった口の中に、ぬるりとした感触を感じた。
臨也さんの舌に僕の舌が絡め取られる度に、ちゅく、と濡れた音がする。
「、っぁ ふ、 ん」
上顎をぞろりとなぞられ、反射的に震える背筋を彼の手が諌める様に撫でた。
舌裏を舐め上げられ、じゅぷり、と音がする。
体の快楽に流されている場合じゃなくて、話をしたいと思っているのに、彼に教え込まれた身体はその音にすら反応して震える。
「っは、ぁ、まって、 ま、」
口でしか呼吸のできない僕が、苦しくなって息をしようと顔をそらして口を大きく開いたら、息を吸う前に、噛み付くように口を再び塞がれる。
差し入れられた舌がさっきより深く突き入れられてきて、苦しさに舌で押し戻したらその舌を根元から吸われ絡め取られて、しまった、と思う間もなく、ぐじゅ、と篭った音が咥内から聞こえた。
合わせた唇に一寸の隙間も許さない深いキスを、臨也さんは好む。
「、っんぅ、…!」
じゅぐ、ぐちゅ、と、空気を伝わらずに直接脳内に響くような音に頭の真ん中が痺れてきて、呼吸も苦しくて、首に回していた手から力が抜けるのが自分でも分かった。
「…っ、は、……」
「ふ、は!…はぁ、はっ、げほっ」
呼吸困難で意識が飛ぶ瞬間に唇が開放され、突然流れ込んできた空気に咽る。
口元を拭う臨也さんに反省の色は欠片も見えない。
「…あんまり、可愛いこと言わないでくれる?立ってるのも本当は辛いんだからさ、今はちょっと抱いてあげられないよ、俺。それとも何、帝人くんが上に跨って頑張ってくれるの?それならそれで別に構わないけど」
「…っ!!」
カッとなって突き飛ばそうと手に力をこめたら、ふ、と優しい吐息が降ってきた。
「何度でも言って」
「…、」
「寂しいって。会いたいって。もっと、甘えてよ」
突き飛ばそうとした指が勝手に臨也さんのコートを握り締めていて、まるで縋りついてるみたいだと、人事みたいに思った。
「……そうゆう我儘、嫌いかと思ってまし、た」
縋るように彼にしがみ付く僕の手に、そ、と重ねられた彼の掌を見つめる。
「…そうだね、振り回すのは好きだけど、振り回されるのは好きじゃないね」
ほらやっぱり、と思いながら、重ねられた彼の手に唇を寄せた。
一瞬だけ硬直した彼を不思議に思って見上げると、困ったように見下ろす片目と視線がかちあう。
「…、俺も、君に我儘を言うから」
「え?」
「寂しいって。会いたいって。そうやって俺も帝人くんに我儘を言うよ。それで、お相子だよ。それならいいだろう?」
きゅ、と力のこめられた臨也さんの手に、ああ、甘やかされているんだなあと、唐突に思った。
「…はい」
言い出せない僕の為にそんな言い訳を用意してくれて。
ああ、もう本当に。
「臨也さん」
「ん?」
さらり、と髪を揺らしながら首を傾ける彼に顔を近づける。
「好きです」
「…、うん」
ちゅ、と小さな音を態と立てて唇を離したけど、それ以上は離れたくなくて、額をつけたまま彼を見上げた。
「俺も、好きだよ」
ゆるり、と優しく持ち上がった唇にもう一度、顔を寄せた。
「誕生日おめでとう、帝人くん」
「あ、臨也さん。一つ、我儘を言っていいですか」
「ん?なあに?何でもどうぞ」
「新羅さんの所へ行きましょう」
「………」