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ぐらにる 流れ2

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目を覚ましたら、すっかりと宵闇になっていた。寝過ぎたと、重い頭を掻きつつ、起き上がる。しんと静まり返った部屋を、出て、今の住処へ戻ったら、玄関の扉の前に人影があった。
「なっっ、何してるんだよ。」
 扉に背を預けているのは、昨夜、意識を落としてやったエーカーだった。手には施設で勉強しているテキストがある。
「どこへ行ってたんだ? 今夜は、どうする? 姫」
 こちらの姿を確認すると、パンパンと腰や太腿あたりを叩いて立ち上がった。さすがに休日だから、ラフな服装だが、それでも、きっちりとジャケットまで着込んでいる。
「どうするって、何? 」
「今夜の食事は、どうするか、と、私は尋ねている。」
「あんた、昨日のことを忘れてないよな? 」
 散々、人のことを同情したり、人殺しの技だと言い募ったりしたのは、昨夜のことだ。それで、気絶させて放置してきたはずなのに、相手は、そんなこと気にした様子もない。
「熱烈なキスを、ごちそうになった。」
「違うだろっっ。」
「きみのキスが甘くて、つい、うっかりと防御を忘れたのだ。・・・真夜中に寒さで目が覚めて、私は笑ったよ。自分は、まだ甘いんだとね。」
「拘わるな、と、言ったはずだ。」
「いや、むしろ、ますます、興味が湧いた。正体不明のSEくん、きみは何者だ? 」
「あんたが思っているような相手だろう。いろいろとやってきたからな。」
「では、そういうことにしておこう。・・・せめて、ファーストネームだけでも教えてくれないか? 」
「ヤダね。俺は、勝手にするから誘わないでくれ。」
「では、これからも姫と呼ぼう。きみには相応しい呼び名だ。」
 こいつ、絶対に頭に何かが湧いている。もしかして、軍でも厄介払いされて、ここに出向いているのではないだろうか。どうやって帰らせようか、と、考えていたら、ぐぅーと大きな音が、エーカーから聞こえた。
・・・なんで、今頃・・・腹の虫がなってるんだ?・・あ・・・・
「なあ、エーカー、いつから、ここに居たんだ? 」
「かれこれ五時間というところだな。朝寝坊してしまったので、昼に間に合わなかったんだ。」
「留守なら帰ればいいじゃないか。」
「いや、散歩か買い物だったら、すぐに戻るだろうと思ったのでな。・・・それに、きみと食事するのを楽しみにしていたから・・・・」
 五時間も、ここで座っていたというのにも呆れるが、あれほど手痛いことをされて、それでも、一緒に食事したいというエーカーに呆れるより笑った。ある意味、一目惚れというのは嘘ではないのかもしれない。
「・・・わかった。食事なら、すぐに用意できるから、それを食べて帰れ。」
「いや、昨日は、ごちそうになった。今日は、私に用意させてくれ。」
 刹那のところへ持っていった残りが、まだある。一食分ずつを残して、まだ冷凍していない。あれを出せば、時間もかからない。それに、昨日以前は、三、四日、おごられていたのだから、まだ借りは、こちらのほうがある。
「ガタガタ言うなら、このまま帰れ。俺の作ったのでよければ入って来い。」
 それだけ言うと、とっとと部屋の鍵を開けて中へ入った。俺の分は、まだ鍋の中だ。材料を少し足せば、二人分くらいの分量にはなる。さて、どうするのかと思っていたら、大人しくエーカーは入ってきて、昨日と同じようにダイニングチェアに座った。空腹だというのは、本当らしい。料理の匂いが充満している台所で、ひくひくと鼻を鳴らしそうな勢いで、俺を見ている。

・・・こりゃも材料を足しているより、あるものを温めたほうがいいな・・・・・

 空腹度合いが大きいなら、とりあえずは、と、温めたポトフを皿に盛り上げて出す。
「先に食べてていいぜ。それから、飲み物は、ビールしかないが、それでいいなら、勝手に冷蔵庫から出してくれ。」
 だが、それすら無視して、ポトフをがっついているので、余程、空腹だったと判明した。もしかして、朝から何も食べていないのでは・・・と、思い至った。そう尋ねたら、「そうだ。」 と、端的な言葉が返ってくる。
「バカじゃないのか? それなら、夕方までに、何か腹に詰めてくればいいじゃないか。」
「もしかして、きみが寝坊していたら、私と同じように昼が遅れていたかもしれない。それなら一緒に食べられるじゃないか。」
「あーまーそうだけどさ。留守だったんだから、出直すとかさ。」
 そう喋っている間に、ポトフは、きれいさっぱり消滅した。次は、ボルシチだ。これも、一人分しかない。それを出して、煮込みハンバーグをレンジで温める。さすが、軍人、いい食べっぷりだった。ハンバーグを食べ終わる頃に、ようやく人心地ついたのか、手が止まった。
「まだ、いけそうか? 」
「ああ、だが、きみは食べていないだろ? 」
「俺は、これでいい。それほど腹は減ってない。」
 冷蔵庫からビールを取り出した。後、残っているのは、ホワイトシチューと、アイリッシュシチューの二品だ。刹那には、これらを二食分ずつ用意して届けた。煮込んでいる料理なら保存が利くし、野菜もたっぷりと取れるだろうという算段だったから、やたら煮込みモノばかりになっている。
「それでは意味がない。私は、姫と食事がしたいんだ。・・・・まだあるなら半分ずつにして、ここからは会話しながら食事したい。」
「じゃあ、白と茶色のシチューがあるんだが、どっちがいい? 」
「姫から選べ。私は、きみが外したほうでいい。」
「いや、俺は、どっちでもいいんだ。自分で作れるからな。あんたが食べたいほうにしろ。・・・ちょっと待てるか? 」
「ああ。」
「なら、サラダとバタートーストを用意するよ。煮込みモノばかりじゃ、口が悪いだろ? さっぱりしたものもあったほうが食べやすい。」
 サラダなんてものは、野菜を刻むだけだ。それに、バタートーストだって、バケットを切って溶かしたバターを絡める程度だから、十分もあれば、出来てしまう。それらを食卓に載せて、茶色と白のシチューを準備したら、エーカーはクスクスと肩を震わせていた。
「なんだよ? 」
「いや、すまない。昨晩の淫らな技と、今日のきみの料理の手際とに共通点が見出せなくってね。・・・・やはり、私は、きみと深く知り合いたいと願うよ。」
 そう言って、対面のダイニングチェアに座った俺の手を取り上げて、ちゅっとキスをした。どこか芝居染みた行為に、俺も笑ってしまった。
「ひっかかったのは、あんただろ? 正規の軍人さんに正攻法で勝てるとは思っていないさ。だいたい、あんただって、今の今まで、ティーンエイジャーかって言うほど、がっついてたじゃないか。そんなに腹が減るまで待ってるなんて、おかしいっていうんだよ。」
「忘れてたんだ。姫の顔を見られる喜びが勝っていたからな。」
「そういうのは、女相手にやれよ。」
「私は、きみに一目惚れしたんだ。・・・だから、きみ以外に、この台詞は使いたくないな。」
 ストレートに口説かれることなんて、あまりあるものではない。一夜限りの場合は、そういう台詞より行為が優先する。だから、こんなふうに情熱的なのは、初めてかもしれない。

・・・・名前か・・・・そういや、久しく呼ばれてないな・・・・・
作品名:ぐらにる 流れ2 作家名:篠義