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リクエスト「夕日に向かって走る」で二話

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沢田綱吉はその時気付いた。人間は未来と遠い過去へは空想でしか行けない。しかし自分の過去へは行ける、と。
記憶をたどる。それが一番安価なタイムマシン、安全なタイムトラベル。そう気付いてしまった。

――ならば。沢田の脳の片隅が独白する。
ならば今、過去に戻り、過去の自分に上書きされれば楽になる。じめじめうじうじ部屋にこもって、日がすっかり落ちた頃フラリコンビニへ。それが動き得ない近未来。やがて訪れる今日なのだとため息をつく。そんな子供の価値観。ひとりよがりが得意な自分へと戻れば。
今、夕日に向かって走る苦痛から解放される。
だから。
そんなこと、死んでもやろうとは思わない。





昼間より柔らかくなった光、残照が、それでも沢田の瞳の中を蹂躙し橙色に焦がす。吐き出しているのか吸っているのかわからない呼吸。肺が火を吹く。肺の火を受け取り血はますますその色を鮮やかにして心臓へ。今、最高のビート数を更新する心臓を取り出せばルビーと大差ないだろう。

朱、丹、赤、緋、紅
そして、視野の上紫が紅と混じることなく、濃紺となって太陽を追いやろうとしている。

沢田は己が2本足であることを心底憎悪した。たりない。2脚では、速く走るには足りない。自身を鳥のように地面から切り離してくれるグローブは、ない。手足が動かない胴体に焦れて引きちぎれてでも先に進もうとする。走れ。脳が焦れて絶叫する。肋骨も胃袋も精巣管も。脚を持って走れ。間に合うわけがない。そう耳元でささやく存在が今現れたなら。例えそれが仲間であっても、生まれてきたことを後悔させてしまう気がする。だから走れ。邪魔立てなど入る隙がないほどに。止まるな停まるな。停止していいのは、太陽だけだ。

ひときわ、視界が白くなる。それを合図に沢田は跳んだ。地面と水平に。あかい大気の底を泳ぐように。


沢田は己が2本足であることに、心底感謝した。
掌も血管も全て熱と光に飲まれながら確かに。
確かに、沢田は太陽を手で受け止めた。








主のもとに早朝届ける報告は減ったのか慣れたのか。獄寺隼人はその答えを未だ持たない。

失礼します、どうぞ。声をかけて、優しい応答がなされ執務室へ。主は泰然と背筋を伸ばし朝日を眺めていた。その背中の陰影に心底惚れ込みながら、獄寺はいつも通り報告する。






なんとか最後まで報告を終えた。主はやはり微動だに動かない。だが今決して主の顔を見てはいけないことを瞬間。困惑の中で獄寺は悟った。主がぽつり、こぼす。夢を見たよ。

「夢、ですか」

「うん」

「それは、よい夢でしたか」

「あの人を救えた、夢だった」


主が、光と共に振り返る。


「多分、ここではない、別の世界の」


主の輪郭が朝日を含んで白く輝く。表情が逆光、それでも微笑んでいるのだとわかって、獄寺は涙をこぼす。

「だから、少しはオレ。自分を誉めてやろうと思う」
許すことは到底できそうにはないけれど、そう笑う。主、沢田綱吉に深く頭を下げた。






誰かの未来と。ちょっとだけ自分を救ったタイム・トラベラーがここにいる。










西方浄土に沈むには、勿体ない太陽だった。