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交換日記

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たった一年、日々の記録を積み重ねた。それから一年、その記録を手渡す日を待ち焦がれた。



濃紺のジャケットを羽織り、桜色のネクタイをギュッと締めて腕時計で時刻を確認する。

「少し早く起きすぎちゃったかな…しかし、似合わないなぁ…」

洗面所に備え付けの鏡で一応の身嗜みの確認をすると、思わず嘆息が漏れた。
仕事柄年に数回程度しか袖を通さないとはいえ、あまりにも着慣れている感より着られている感が勝ってしまっている。これでは門出の日を祝う立場なのに祝われる立場に間違えられかねない。
かねないと言うか実際、昨年も数回保護者に生徒と間違えられ、挙げ句入学式と間違えたの?とまで問われた事もある。卒業生どころか新入生と間違えられて、いいえ新入生でも無ければ卒業生でも無く私は教師です、と堂々と胸を張って答える気にはなれずそそくさとその場を逃げ出した事も今となっては良い思い出、とは未だ言えず軽いトラウマだ。あの日学校指定の制服に近似した色のスーツはもう二度と着ないと誓った。
情けない誓いに自然と顔が曇るが、今日はそう辛気臭い顔をしている訳にもいかない。

今日は、彼を含め、憎らしくも可愛い教え子達の旅立ちの日なのだから。
笑って送り出してやるのが教師としての務めだ、彼の答えが如何なるものだとしても。

通勤までの時間を持て余しテレビを点ければ、ニュース内の卒業式をテーマに特集されたコーナーだった。
恩師や友人への感謝の言葉、進路への不安と希望、世相や世代を表す流行や言葉…様々な観点から取り上げ紹介され、コメンテーター達はそれが彼らの仕事であるが故にそれぞれの勝手な意見や主張を述べ、それでも最後に必ず、明日を担う彼らに応援の言葉を贈る。それが先の時代を生きる大人としての義務だからだ。
教師も距離感は異なるが若人に対しては同じ立場、気を入れなおさねば、思ってテレビを消そうとリモコンを手に取った時、僕には聞き逃し難い台詞が耳に入り電源ボタンを押そうとした指を止めたまま、固まった。

『教師と生徒の純愛、苦難を越えての恋愛結婚!』

番組進行者が語ると同時に一言一句同じ文字が小さく液晶画面の端に現れるが、応援しているのか面白がっているのか、またはその両方なのかどちらでも無いのか。そんな小さな事が気になってしまう。
匿名でその番組に送られてきたらしい手紙に綴られた、その女子生徒の想いをアナウンサーが淡々と、しかし丁寧に読み上げる。



今年卒業生である自分は、在校中ずっと一人の教師と恋愛をしてきた。
同級生同士の恋愛よりもずっと苦しい想いや障害を抱えていると思うのに、相手の立場を思えば親友でさえも、当然だが親にも誰にも何一つ相談どころか、思いをほんの少し吐き出す事さえ出来なかった。
両想いになるまでもそう簡単な話では無かった。
お互いに意識しているのはわかっていた、だけどその度に教師は距離を置こうとした。教師の気持ちは痛い程理解出来たが、それでもその態度や行動に傷ついては、一人泣いた。
教師が想いを返してくれた時、嬉しくて死んでもいいと思った。けれどそれと同時に生まれたのは罪悪感だった。
噂がたってしまった時には先の不安に怯えながらも、距離を置くのが一番だと思い、会えない時間を教師を想いながら一人耐えた。それに学生の時間は恋愛だけに消費される訳では無く、学業、進路、友人、部活、家庭…それらは支えになる事も負担になる事もあったが、様々な問題に直面する度に、卒業後の教師との結婚の約束を支えに全てを乗り越える事が出来た。世間体を思えばこれから先も様々な苦難があるかもしれない、でも自分は後悔していないし相手の教師にも後悔をさせたくない。
その想いを誰かに伝える事で自分への一つの区切りとして、また同じ想いをしているかもしれない誰かに伝えたい、大きな声で言えない事だからこそ、同じ立場で応援している人間がここにいるという事を伝えたい。



そう締め括られた手紙を読み終わると、先程と同じくコメンテーター達がそれぞれ好き勝手に意見を述べ始める。
番組内の空気や主旨を読んだのか応援や同情の声が主流ではあったが、感情を隠し切れず少々顔をしかめている人も数人いる。それでも卒業という世間的に目出度い日故に、流石に淫行教師だの最近の性生活の乱れだのこの日でなければ聞こえたでろうあからさまな非難の声はあがらず、大した盛り上がりも無いまま番組は次のお天気コーナーへと進んだ。全国的に晴れだと確認して、今度こそ電源ボタンを押してリモコンを机上に置く。
ずっと腕を持ち上げたままだったのだとこの時初めて気づいて、苦笑いが漏れる。

当事者で無ければこんなもので、それが情報を無差別に拡散するメディアの一つの在り方であって。
観ている誰かに伝わるかもしれない、伝わらないかもしれない。伝わったとして、受け取り方も人それぞれで。
偶然、それも今日というこの日に、それを目にした僕はどう受け取ればいいだろう。
考えたが、応援の気持ちだけ有難く受け取る事にして、それで充分だろうと判断する。

正しい答えはきっとどこにも無くて。

無いからこそ自分なりの答えをずっと考え探してきたのだこの一年間、いやそれより以前からずっと。
その答えが今更変わる事は無い、そう言い聞かせる様に何度も心中で繰り返すが、手が微かに震える。


震える手で通勤鞄へと手を伸ばして、中から一冊の、どこででも手に入る類のキャンパスノートを取り出した。
丁重に保管してきたつもりだが、流石に少しよれて黄ばんでいるそれをそっと開いて捲り、二年前これを彼に初めて手渡した時の会話を思い出す。

作品名:交換日記 作家名:湯鳥