交換日記
ごめん正臣ありがとう、関わるなってあれ程忠告してくれたのに、馬鹿みたいじゃなくて、馬鹿だよね実際。
一人で空回る今の自分が滑稽過ぎていっそ笑えてきたが、とても今すぐにメールを返す気にはなれず、携帯を閉じてコートのポケットにしまうのと入れ代わりに家の鍵を取り出す。
丁度家に着いた事だしさっさと寝てしまって明日ちゃんと感謝の気持ちを込めてメールを返そう、今日はもう何も考えたくない。全部後回しにして寝よう、そんな事を考えながら力の入らない指で鍵を回し、家の扉を開ける。
「…っ?!痛…っ!」
瞬間、後ろからドン!と強く押され玄関と廊下の境目に膝と手をつく。一体何が起きたのが全く理解出来ずその姿勢のまま微動だに出来ないでいると、ふわりとどこかで嗅いだ覚えのある香りが、
「…誰がしねばいいって?」
耳元で、後ろから香りと共に降りてきたその声は、あの厭味なくらい澄んだ声で、今度こそ本当に、心臓が止まるかと思った。
「…じゃあ、平和島くんも卒業式出なかったんですか。」
「だろうね。」
本当に最後の最後まで邪魔してくれるよ、
目を細めて憎々しげに言い放ち、モッズコートを脱ぎながらラグに座る彼の前に珈琲を静かに置く。
コートを脱ぐと見慣れた学ランに赤いインナーで、本当に彼なんだな、実感が追いつかずじっと見つめてしまう。
あれからとりあえず、自分で突き倒しておいて手を差し伸べてくれた酷いんだか優しいんだか何だかの彼と二人でリビングへと移動し彼の話を聞くと要は、彼は卒業式を欠席して僕に会いに来てくれた、らしい。
欠席までする必要があったのかと思うが、忘れてなかった、会いに来てくれた。それだけわかれば僕は充分だ。
充分なのだが彼は訊いてもいない事まで教えてくれるタイプなので、僕を驚かそうと思って朝一番に僕の家に向かったはいいが、来良高校の最寄駅で平和島くんと遭ってしまい到着が遅れてしまった事、それからずっと僕の家の近くで僕が帰ってくるのを待っていてくれた事。
ついでに何故平和島くんまで卒業式をさぼって、しかも来神でなく来良の最寄駅にいたのかというと来良高校の近くの別の高校で卒業式のイベントとして芸能人である彼の弟が呼ばれているので、おそらくそれ関連だろうとかいう事まで話してくれた。
まぁそんな事どうでもいいんだけど、という彼の言葉にはまぁ、僕も思わず心中のみで頷いてしまった。
いやどうでもよくは無い、二人共卒業式には出なさいとこの場合教師として、そう言うべきなんだろうけど。
教師として、もし許されるのならその立場を、一年間待ち続けた今この時だけ、彼の前でだけは降りたい。
「…携帯、使わなかったんですね。」
「使った方が良かった?」
笑って問いかける彼に首をゆっくり横に振って否定を示す。あと半時経っても帰ってこなかったら電話しようかと思ってたけどね、と言われて腕時計を見やり現在時刻を確認すると、日付が変わるまで一時間をきっていた。
何故携帯を使わないのか、何故今日中でなければならないのかは訊かずともわかる気がした、僕と同じならきっと。今更電子文字や電話じゃなく、出来る事なら直接会って言いたい、今日中に。
その為にこの寒空の中待ち続けていたという彼の頬に手を伸ばすと、冷たいでしょ、と彼が笑う。
その冷たさに触れて、夢じゃないんだ、先程とは違った感情でまた視界が滲みそうになる。
でも頬や手を濡らすその前に、やる事がある。濡れた手で触れたくはない。
たった一年、日々の記録を積み重ねた。それから一年、その記録を手渡す日を待ち焦がれた。
鞄からノートを取り出し、彼に手渡す。受け取ったそれを彼は懐かしそうに眺めてから、ゆっくりと丁寧に捲っていき、最後の日記の頁を開くと少し眉をしかめた。
その表情を見て思わず吹き出してしまうと、不満気にこちらを睨む。
「…何コレひっどい。」
「何でも、いくらでも聞くって書いてくれたじゃないですか。」
だからってこれは無いよ、誕生日おめでとうって言ってあげないからね、ぶつくさと文句を言い続ける彼が何とは無しに次の頁を捲り、目を見開いて閉口するのを確認してから、卒業おめでとうございます、と告げた。
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3月21日:(竜ヶ峰)
しねばいいのにしねばいいのにしねばいいのにしねばいいのにしねばいいのにしねばいいのにしねばいいのにしねばいいのにしねばいいのにしねばいいのに………
まってます
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