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純情甘味料

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部活終了後の部室はにぎやかで、笑い声やらロッカーの音やら、とにかく音が溢れかえっている。四天宝寺中の生徒は総じて騒がしいが、その中でも個性的な面子がそろったテニス部レギュラーはさらに騒がしい。
 部活中なら皆を叱る立場に立たなければならない白石も、この時間は他の部員と同じように笑っている(他のメンバーほど弾けないのは性格だろう)。よそに迷惑をかけなければ騒いでも良い時間やからな、以前そう言って金太郎と財前のおやつ論争をニコニコ眺めていたあたり、騒いでいる部員を見るのが好きなのもあるかもしれない、と白石と親友である謙也は思う。その時は単に、1年2年エースの、端から見たらかわいらしい内容の口喧嘩を止めたくなかったから、そういった言葉が出たのかもしれないが。
 ちなみにそのときの勝者は金太郎で(というより千歳が金太郎にたこ焼きをおごることで勝手に決着がついてしまった)、その後謙也と一緒に帰った財前は随分と不機嫌だったことを覚えている。しゃーないから俺もコンビニでぜんざいでもおごってやるべきか、と考えたが、ちょうどコンビニに白玉ぜんざいが置いておらず、そのことに財前はますます眉根を寄せて、「謙也さん、白玉ぜんざいあるとこまで買いに行ってください。スピードスター名乗るんやったらそれくらいできますよね?」などと無茶なことを言い出した。目が据わっていたので、割と本気で言っていたような気がする。財前は謙也に対して、良い意味でも悪い意味でも遠慮がない。
 無茶を言われどうしたものかと頭を悩ませた謙也は結局、店内を見渡してちょうど目に入った新作のポッキーを買って「これで我慢せえ」と財前に差し出した。彼は少しだけ目を瞠ってその細長い箱を見つめた後、「しゃーないからこれで我慢したりますわ」と言って素直に受け取り、店を出るなり箱を開けた。その様子がいつもと少し違う、いや随分違う。散々財前の近くにいて彼を見てきた謙也にはわかった。先程まで不機嫌極まりないといった様子で据わっていた目が、珍しく期待に輝いている気がする。
『……ポッキー、好きなん?』
 袋を開けた後黙々と食べ続ける財前に思わず口から疑問がこぼれ落ちれば、彼は少し躊躇するように視線を揺らがせた後、「……別に」と呟くように答えた。財前の人となりをよく知っている謙也には、それが「好きだ」という意味だとわかっていたので、謙也は素直じゃないこの後輩とポッキーという可愛らしい組み合わせに思わず唇が緩んでしまった。いつもはそういう反応に鋭い財前は、今は目の前の菓子に夢中らしく気づいていない。
 ああもうかわええなあ、そう思って思わずそのワックスで固められた黒髪に手が伸びそうになったけれど、そこは理性を総動員して我慢した。そんなことをすればまた機嫌は急降下だろう。この年下のひねくれ屋な後輩の側にいるためには、とにかく努力と忍耐がものを言う。だから頭を撫でたくなっても、手を握ってみたくなっても、時には抱きしめたくなっても、とにかく我慢だ。振り回され気味の良い先輩のふりをして笑っていなければ、同性の彼を好きになってしまった男を、財前は側に置かないだろう。
 ああ、成就の望みのない片思いは辛い。白石などは謙也の気持ちはお見通しで、「何があるかわからんで」などと励ましてはくれるが、なんせ相手は財前だ。浪速のバカップルに後輩の身でありながら「キモい」と明言している彼だ。謙也のことをそういった対象で受け入れるとは思えなかった。財前が謙也が側にいることを受け入れてくれているのは、ダブルスを組んでいるから、何を言ってもほとんど許されるから、わがままを聞いてくれるから、たいていそんな理由だろうと、謙也は思っている。……と、白石に以前ぼやいたら、「つまりそれは先輩というより体の良いパシリみたいな扱いやないか?」と痛いところをつかれたが、財前の近くに居ることができて彼とたわいもないやりとりができるなら、別段それでも構わないと思うあたり、自分は末期かもしれない。
「おーい謙也、なに機能停止しとるん」
 記憶の海に沈んでいた謙也を引き戻したのは、日誌を書いていたはずの白石の声だった。気がつけば自分はロッカーの前でバッグのファスナーに手をかけたまま佇んでいたらしい。周りはいつの間にか静かになっていて、見渡せば謙也と白石と財前以外のレギュラーメンバーは、皆いなくなっていた。謙也が過去の記憶と自分の感情で頭をぐるぐるとさせているうちに、帰宅してしまったらしい。
 ちなみに謙也自身も着替えも支度もとうに終わっていて、バッグのファスナーを閉めるだけの状態だった。謙也を過去にとばしてしまった原因は、あの部室の騒がしさと、バッグの中に潜ませていたポッキーだった。
(あー、今日も持ってきたんやったわ……)
 あれ以来謙也は、ポッキーやらチョコレート菓子やらをたまに購入して持ってくるようになった。そして部活後や休憩中の何気ないタイミングでそれを取り出して、自分も口にしながら財前にも差し出す。財前ははじめは「謙也さんてそんな菓子好きでしたっけ」などと不思議な顔をしていたが、今では「謙也さん太りますよ」などと言いながら当然のように受け取るようになった。白石に「餌付け頑張っとるな」と笑われたが、その通りなので苦笑いしかできなかった。
(せっかく持ってきたんやし開けるか)
 今日のは昨夜コンビニで見つけた新作だ。季節ごとに新しいの出すあたり企業は巧いなあ、と思うが、それもこういった菓子を買う口実になるのでこちらにはありがたい。とりあえず取り出して箱を開ければ、その音に隣のロッカーの前で同じように鞄を漁っていた財前が反応する気配がした。
「謙也さん、またっすか」
「ええやろ、新作なんやって」
 2袋入っていたうちの1つを取り出しながら財前の方を見れば、呆れたような表情をしてみせながらも瞳が興味津々といったように輝いている。内心食べてみたくてたまらんのやろな、と思うとやはり目の前の天の邪鬼な彼が愛おしくてたまらなくなるが、諸々の衝動をぐっと堪えてへらりと笑ってみせる。
 財前のために持ってきたことを隠すためにとりあえず先に開けて一本口に含めば、丁度良い甘さが口の中に広がる。本来は別段甘い物好きではない謙也でもこれは美味いと思った。これは財前も気に入るやろ、と隣の後輩に視線を移せば、彼は菓子のパッケージではなく謙也の方を見ていて、視線がばっちりと合ってしまった。
「え、どしたん財前」
 彼の中での重要度は先輩という自分の存在より新作の菓子の方だろうと思っていた謙也は狼狽えた。その上こんな至近距離で目が合ったこと自体がはじめてで、心臓がうるさくなり出したのを自覚する。あああせめて顔が赤くなっとらんとええけど、あまり不審な様子見せたらバレてまうかも、混乱する思考の中、ポッキーの袋のかさりという小さな音が遠く聞こえる。とりあえず普通に振る舞わなければ、そう思って袋からもう一本取り出して、ぎこちなく笑ってみる。
「あ、これ食べてみたいん?せやったらもう一袋あるから、こっちの持って帰ってええで」
作品名:純情甘味料 作家名:えんと