相互浸食
眼前には柳生の首筋がある。仁王は腕に力を入れて体を少しだけ柳生から離すと、服の隙間からその首筋にかぶりと噛みついた。とくに考えもなく行った行動であったから、力加減など考慮に入れるはずもなく、唇を離せばそのあとにはしっかりと歯形が残っていた。この跡は残るだろうか、そう考えながら凹んだ皮膚を舐めあげれば、柳生がくすぐったそうに息を漏らすのが聞こえる。仁王は自らの唇を舐めながら、この跡が一生残って消えなければいいのにと、そんなことを考えた。
隙間から差し込む朝の光は眩く、柳生の部屋はいつもと同じ顔をして此処にある。仁王は自らの腕の噛み跡と柳生の首筋の歯形をちらりと見てから、一度だけ部屋を見渡して目を閉じた。柳生は獣の欲に負けることはあるだろうか。自分は今彼の首筋に歯を立てたように、この部屋の潔白すら侵す事ができるだろうか。もしどちらかが達成されるとしたら、それはどちらが先だろうか。
仁王は入り組んだ路地に迷い込んだ思考を呼び戻すように、もう一度目の前の噛み跡に優しく歯を立てた。ひたりと侵食の音が、脳裏で鳴った気がした。