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absolute hunter

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「綺麗なものは、あまり好きじゃないんだ」
 彼はその唇の隙間から静かにそう言葉を零した。そう広くはない部室に落ちていく言葉。その声色はどこまでも静かで揺らぎがなく、凪いだ夜の海を思わせた。深い。底の存在すら感じさせず、総てを呑み込んでしまうような、あの闇の深さだ。
 彼──幸村の突然の呟きに、仁王はロッカーを漁る手を止めた。忘れ物を取りに戻ってきた仁王と、職員室に書類を届けに行っていたせいで皆より帰りが遅くなった幸村以外、部室には人の姿はない。幸村が何か言葉を発したならば、それは仁王に向けてのものであるのは疑いようがなかった。
 仁王は一つ目を瞬かせ、少し指先を彷徨わせたあと、いつものようにシニカルな感情を口端に浮かべながらゆっくりと振り向く。
「意外じゃの」
 幸村が前置きなく話を降るのは、仁王とふたりきりのときの会話では珍しいことではない。仁王は突然の呟きに対する疑問より、素直な感想を口に乗せた。
 視線の先に居る幸村はこちらを見て微笑んでいる。口端を僅かに上げ眼を細めるその表情は、彼の端正な容(かんばせ)に良く似合っていた。そこらの女子生徒なら黄色い歓声で絶賛するだろうか──くだらない感想が頭をよぎり、仁王は内心で自嘲する。
「お前さんは花やら何やらを好いとうけえ、てっきりそういうもんが好みかと思うとった」
 後ろ手でロッカーの扉を触りながら返せば、幸村は少し意外そうな色を浮かべ、はは、と笑う。
「花は好きだ。けど……なんていうかな。草花は綺麗というよりは可愛いと言う感覚に近い。」
 幸村は窓に視線を移しガラス越しの緑を見やる。すでに陽の落ちた空は薄暗く、鮮やかな色は失われ、植物たちは影を纏って佇んでいる。
「可愛いものは好きだよ。小さくて弱い。か細い存在こそ慈しみたくなる。」
 は、と仁王は嘲笑うように息を吐いた。随分な言葉だ。幸村が花が好きだという理由としては、これはほとんどの者が抱くイメージを覆すものだろう。しかし仁王が呆れるように笑ったのはそんな勝手な偶像に踊らされたものではなく、ただ、あまりにも彼らしい理由だ、と納得してしまったからだ。
 仁王の知る彼はどこまでも覇者であった。一見繊細にすら見える端正な造りの外見を裏切るように、彼の中身はどこまでも苛烈であり、彼の瞳はどこまでも鋭かった。幸村は何か、何か絶対的とも呼べるほどのものをその身に纏っている。無防備に触れれば骨まで断たれてしまうような、鮮烈なほどの覇気を、仁王もチームメイトたちも身に染みて知っていた。
「綺麗なものは執着を呼ぶ」
「執着?」
 鸚鵡返しの返答は本意ではない。が、仁王でも幸村の言葉の奥に隠された意味を読み取りきれないことは珍しくない。仕方なく彼の言葉を繰り返せば、幸村は先程の表情のままに、そう、執着なんだ、と笑いながら言った。
「好きだとかそういう綺麗な感情じゃない。綺麗なもの、美しいもの、そういうものを見ると、自分の手の中にしまいこんでしまいたくなる。他の誰にも見せられないようにね。独り占めしたくなるんだ。子供だろう?」
 謳うように続けられた言葉は、幸村らしくないと言えば幸村らしくなく、しかし幸村らしいと言えば幸村らしいものであると、仁王は思った。子供らしい感情とは彼はあまり縁がないように思えたが、自分だけが所持することを望む傲慢さは、全くもって彼らしいと感じたからだ。
 誰にだってそういう感情はあるだろう、そう無難な返事をしようと仁王は口を開き書けたが、それは音になる前に幸村の延びのある声に掻き消された。
「そして自分のものにならないのがわかると、今度はめちゃくちゃにしたくなる。壊したくなってしまうんだ。手に入らないなら他の誰のものにもならないようにすればいい、なんて安直な考えだよ。自分でも嫌になるね、こういう考え。それでも衝動は存在する。」
 先程の告白を凌駕する内容にも関わらず、幸村の声はまるで天気の話でもするかのようにいつもと変わらない柔らかな温度だった。そのことが逆にリアルさを教えていて、仁王は背筋に嫌な汗が浮かぶ。
 幸村はこちらの一挙手一投足をも見逃さぬと言うように仁王に視線を定めたまま、先程と同じように優雅に椅子に座っている。まったく彼の立ち居振る舞いと来たら、そういった瞬間まで隙がないのだった。その存在感をこちらに押しつけたまま、彼は仁王のいらえを待っている。けれど仁王は切磋に発する言葉を見つけることができず──結局、無言のままでロッカーを閉めた。
 幸村はそれを仁王の返答ととったのか、表情を変えずにまた口を開いた。
「俺はそういう俺があまり好きじゃない。勿論その俺も俺だって認めては居るけれど──でもやはりいいものじゃないね、ああいう感情は。だからそういう俺を呼び起こす綺麗なものが、あまり好きじゃない。」
 わかった?とでもいうように幸村はにこやかに首を傾げる。その感情が正常であるかは別として、彼の理論は正当であると言えたので、仁王はそれに異を唱えるつもりはなかった。しかし何か、どこかに何か引っかかったような、どこかがひきつれているような、そんな違和感が仁王の肩にのしかかっている。先程の冷や汗が後を引いているだけだと思いたかったが、どうにも自分の無駄に良い勘はこの瞬間にも発揮されているようで、指先が少し強張っているのが自覚できた。
「仁王はどう?綺麗なものは好き?」
 いきなり話の矛先が自分に向けられたことに面食らい目を見開けば、幸村は可笑しそうにクスリと息を零す。まったくもって彼のペースだ。幸村と話していると彼のペースに引きずられて、詐欺師と呼ばれるいつもの自分の話術はなかなか発揮させてもらえない。
「きれいなもんね…。俺には無縁なもんじゃ。」
 だから好きも嫌いもない。そう告げる。
 ぼそりと零した返答は、半分嘘で半分本当だった。本当は仁王は、うつくしいものが好きだった。
 しかし、コート上という枕詞が付くとは言え、仁王が詐欺師という二つ名を持っていることは事実であったし、実際少し離れたところから人を食ったような笑みを湛えていることが多い仁王という人間にとって、「きれいなもの」は、遠くにある手の届かないものか、少し離れていて自分には近づけない場所にあるものだった。だからいつも遠くから眺めて、そこにある眩いばかりの価値に目を細めるだけ。だから無縁といっても差し支えがない。そこに好きも嫌いも存在する余地がない。そのはずだった。
 脳裏にダブルスを組むチームメイトの姿が浮かぶ。彼は「紳士」というあだ名が付けられるほどに、現代社会では珍しいくらいの清廉潔白な人物だった。彼は仁王に対しても物怖じすることなく、「やるからには負けなしで行きましょう」と言って、皆に対して笑うのと同じように、仁王に対しても微笑んで手を差し伸べた。
 彼は仁王が近づくことを許され、そして仁王に近づくことに一切の忌避を持たない、唯一の“うつくしいもの”だった。
 仁王は思考からパートナーを追い出すように少しだけ目を伏せ、そうして再び幸村を見た。視線の先に居た彼は一見して先程と変わらぬままだったが、今度こそ本当に、嘲るようにして仁王を見た。
「うそつき。」
作品名:absolute hunter 作家名:えんと