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absolute hunter

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 ああ本当に、幸村の前では詐欺師なんて形無しだ。少しの所作の変化だけで、彼は仁王の心の揺らぎを読んだに違いなかった。現に彼は揺らぐことのない確信を持って仁王を嘲っている。幸村の瞳はいつだって雄弁に物を言った。
「本当のことを言えとは言わないけどね、嘘はもう少し上手く吐いた方が良い。詐欺師の名が泣くよ?」
 この嘘が見破れるのはお前くらいなものだ、そう言い返してやりたかったが、はっきり嘘であることを認めるのは途惑われ、結局仁王は無言で床を睨むだけだった。
 幸村が椅子から立ち上がる音が聞こえる。そして彼がそのままこちらに歩みをすすめてくるのがわかる。仁王は動くことも出来ずただ息を詰めた。
 幸村を纏う空気はいつものように覇者の其れであったけれど、いつもと色が違うことだけは、なんとなく解った。まるで蛇に睨まれた蛙だ、いつも一緒にいるチームメイトの雰囲気になんでこんなにも呑まれてしまわなければならない、そうは思うものの、やはり仁王は動けない。のし掛かる圧力に抵抗できぬまま、とうとう幸村が仁王の眼前に辿りつく。
「なあ仁王」
 頬に冷たい指先が触れる。幸村の手だ。仁王にはその意図が読めず、結局更に体を強張らせることでしか反応が出来なかった。そんな仁王を見て幸村は楽しそうに笑ったが、その表情は仁王の視界には入らない。仁王はまだ床と強張った自分の指先だけを見つめていた。
 幸村の指先に力が込められ、仁王は顔を上げさせられる。無理矢理に合わせられた視線を泳がせないように自分を律するのが精一杯だった。幸村の瞳は見たことのない色をしている。いつもの部長としての覇者の色でもなく、クラスでまとめ役として皆をしきる覇者の色でもなく──。こんな底の知れぬ闇の色をした覇者は、知らない。
 何故こんな事態になっている、幸村は何を考えている、そもそも何がきっかけで──ああ、幸村がきれいなものの話をしだしたんだった、ぐるぐると無為な思考が巡る。いつもしているように斜に構えた笑みを浮べていなすことを幸村は許すだろうか。それともこの手を振り払えば彼は冗談だと言って笑うだろうか。しかしこうして一瞬の間に踊る思考も、何一つ事態を変えられないであろうことだけは、仁王はしっかりと理解していた。
 困惑することだけが許された仁王の前で、幸村は、その美しい顔で優雅に笑う。
「おれはね、負の色を纏っているときのお前を、とても綺麗だと思ってるんだ」
 唇に柔らかい感触がする。暖かいようで、何処か冷たく感じる柔らかさだった。何だろう、緩慢な思考を叱咤すれば、ああ、幸村の唇だ、と何処かにいる冷静な自分が嘲笑いながら脳裏で答えを呟く。
 幸村が綺麗だと思っている、自分を?負の色を纏っている自分。その自分の姿がどう在るかなど仁王は考えたことも無かった。そもそも負の色を纏うというのはどんなときだろう。そして幸村は綺麗なものに対してどう考えると言っていた。自分のものにしたくなる、叶わなければ壊したくなる?解らない、わからない、理解できない、幸村の言葉の奥に隠された言葉の意味を読み取りきれない──けれど本当はわかっている。理解したくないだけなのかもしれなかった。彼が告げたのは絶対的な服従命令のようなものだ。彼は絶対だった。そういう人間だった。
 混乱する仁王の中で確かなのは、顎を掴む幸村の指先の冷たさと、唇に侵入する柔らかな感触だけだ。仁王は為す術もなく、ただ強張らせていた指先の力が抜けだらりと落ちていくことだけを感じていた。侵食は深くなるばかりだった。
 脳裏に何故か、あのダブルスのパートナーの姿が過ぎる。何故だろう、近づいてきた、近づくことが許されたはずの彼の姿が、霞んで遠退いてしまったように感じる。どうしてだろう、おれはやっぱり、うつくしいものには近づけないのだろうか。好きだと思うことすら、許されないのだろうか。仁王は自問する。答えなどわかるわけがなかった。ただ襲ってきた言いようのない感情の波が、仁王の瞳を大きく揺らし、目を伏せさせた。抵抗は、もうできそうになかった。その表情を見た幸村が満足そうに瞳を歪めたことも、仁王には知りようがなかった。
作品名:absolute hunter 作家名:えんと