風邪引きの恋
心ゆくまでわんわん泣いた後、才次はいつもの調子に戻って、
林檎をもう一つ剥かされた俺は中指を派手に切ってあわや大惨事となった。
何故食事を取らなかったのか、寮母はどうしたと聞くと、
昔から粥や雑炊のようなふやけた米が嫌いで、どうしても食べたくなかったから
実家から送られてきた色々があると嘘をついて拒否していたらしい。
じゃあ風魔はと訊ねると寮母についた嘘と同じ嘘にそっくり騙されていたそうだ。
そういうところは、一本気で実直な風魔の性格が窺える。
その上風魔は俺と同じく不器用らしく、飯を作らせたくなかったと。
源王やらは無理にでも押し入ってきそうな勢いだったらしいが、
風魔が「二人っきりにせー!」と追い返してしまったらしい。
最初の内は餅(好物)を食って生き延びていたそうだが、
二日目の昼にそれも切れ、それからはずっと薬を飲んで寝ていたとのこと。
風邪に加え栄養不足が重なり、これじゃああと一歩で肺炎だ。
訪ねて良かったと漏らすと才次はくふふと笑って、「いちろーた愛してる」とのたまった。
何が愛してるだ、中学生のくせに。
それからしばらくくだらない話をして、気が付けばもう八時を回っていたから
俺はとりあえず家に一本連絡を入れてから帰ることにした。
袢纏を着て玄関口まで見送りに来た才次はどこかすっきりとした顔をして、
俺の手を一度ぎゅうっと握るとひらひらと手を振った。
「じゃあ、次は学校でな」
「えー、もう見舞いに来てくれないのかよー」
「調子に乗るなよ、この」
さっさと治せ、と軽く額を小突くと、いてーと呟いて不服そうに額を押さえたが、
次の瞬間には歯を見せて笑ってくれた。
帰りすがら、一人で小石を蹴る。
ジーンズ色の夜空に林檎の断面のような月が浮かんでいる、いい夜だ。
風邪薬をちゃんと飲むように、それからきちんと食事を取るように
きつく言いつけたから、あと二日もすれば体調も良くなるだろう。
そうしたら、何かもう一つペア技を一緒に練習しよう。
もうさみしくはない。
俺も、才次も。