二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

【マギ】殿方ご免遊ばせ

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
「シンドバッドさま、また娼婦を身請けしたんですってよ。しかも今回は国一の高級娼婦ってもっぱらの噂」
「なんだ、それで姐さんたちが騒がしかったのね。夢なんか見ちゃって馬鹿みたい。あの鼻ぺちゃでお目通りがかなうわけないじゃないのよ」
「あら、あたしは煌帝国の姫君を寝取ったって聞いたわよ。何でもご旅行先で王子と婚約中の姫君と恋に落ちて、国一つ滅ぼしちゃったんですって。美人はいいわねぇ、二人の男に求められるって憧れちゃうわあ……」
「何馬鹿なこと言ってんの。それより聞いてよ。いとこの友達のおばさんが王宮で下働きしてんだけどさ……ね、絶対に誰にも言わないって約束する?」
「何よ、もったいぶってないで早く言いなさいよ!」
「そのおばさんによれば……シンドバッドさまには七人の隠し子がいるんですって!」
「ええっ! 七人も!」
「しっ、声が大きい! 他言無用よ、あんたたちを信じて話したんだからね。おばさんがクビになったらあたしの面目丸つぶれよ」
「七人も? 信じられないわ、でも……」
「でも、シンドバッドさまだからねぇ……」



 廊下から漏れ聞こえる娼婦の嬌声を背景に、ともすればわななきそうになる唇を噛み締める。あんなのは言いがかりもいいところだ。いくら長雨で閑古鳥だからってあれはない、まったく、どうして女はこうも噂好きばかりなんだろうか。用事が無いのなら閉じていればいいのに、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃとよく舌がもつれないものだ。あぁ、そうだ、一応政務官の立場から言わせてもらうと、彼女らの噂は真実を内包してはいたが、そのほとんどが噂の域を出ないものだった。シンドバッド王は娼婦を身請けしたことなどないし(ただし、国境で奴隷狩りにあった女たちを助けたことはあった)、煌帝国の姫君を寝取ったこともなければ(第三王子アリババを助け、結果的に婚約破棄となったのは記憶に新しい)、まさか七人の庶子がいるわけもない。――いや、これは直接彼に確かめたわけではないから、はっきりとした確信があるわけじゃない。だが流石に七人の隠し子はいないだろう。多分、きっと、いや、少なくともそんな報告が上がってきたことはない。
 緑のクーフィーヤをつかみ、たっぷりと扉をにらみつけてから舌打ちをする。中央の寝台に伏せているシンは何か言いたげだが、そんなの構いやしなかった。ここまで来たらもう取り繕う気すらおきない。そもそも、国の政務官自ら娼館に王を迎えに行くって時点で正気じゃあなかった。あぁ、思い出しただけでもむかむかする。今日は本当に最悪だった、朝議からこっち、何度七海の覇王に蒼ざめた馬を差し向けてやろうと思ったことか知れない。私は大臣との会議を前に姿を消したシンを探して王宮中をかけずり回り、「すぐに帰ってくるだろう」と気の抜けた返答ばかりを繰り返す八人将を叱咤して捜索にあたらせ、ようやくさっき、シンに金を握らされた騎馬隊長から「王は馴染みの娼館にいる」と聞き出すことが出来た。今日は本当に散々な一日だった。バルバッドから帰って以降、ただでさえ情勢は緊迫しているというのに、いくらお忍びとはいえ、誰かに気づかれたらどうするつもりなのか。娼婦たちが噂していたとおり、気まぐれに身請けでもしてやるのか。
「ジャーファル、怒るなよ。これは国が自由な証だ。喜ぶべきことさ」
 シンはしきりに掌で首を撫で回し、汗で湿気た髪を肩に流した。本人は気づいていないのだろうが、それは言い訳を考えている時の彼の癖だった。女官と浴室にしけ込もうとした時もこうだった、厨房で女の髪を撫でていた時も、旅の踊り子と草むらに消えた時も、庭師の娘に水仙を切ってやっていた時も、彼はその仕草を抑えることが出来なかった。本当に分かりやすい人だ。いたずらが見つかるとすぐに降参のポーズを取り、決して否定しないでこちらの良心に訴えかける。けれど今日ばかりはこちらが主導権を握らせていただく。こう会議を放り出されてはたまらない。
小さく息をつき、ぼんやりと窓を見つめる王に近づく。側で見れば見るほど、彼はまるっきり反省していないように見える。英雄色を好む、それは分かっている。彼は根っからの猟色家で、もはや努力でどうにかなるレベルではい。しかし、国が傾くならばこちらにも考えがある。
「別に怒ってません。彼女たちの指摘は真実ではありませんが、まったくよくあなたを観察していますよ」
「疑ってるのか? 隠し子なんているわけないだろう。……少なくとも、子どもがやってきたことはない。だろう?」
シンが肩をすくめ、仁王立ちをする私を見上げる。冗談交じりのそれに頬がひきつる。この人はどれだけ迷惑をかければ気がすむのか。
「冗談だ、ほら、機嫌を直してくれないか」
「それよりもはやく着替えてください。さっさと王宮に帰りますよ。昼過ぎから大臣がやってきます」
 シンは大きく寝返りをうち、背中を流れる黒髪を束ねた。私は主人の身繕いを待ち、古びたフレスコ画の壁に寄りかかる。この館に彼を迎えに来ることには慣れていた。娼館は好きではないが、王がいるとなれば贅沢は言っていられない。けれど不思議だった。女好きを自認するくせに、彼は誰かに女をあてがわれるのを嫌い、女官はもちろん、王の色話として流布している、大臣の娘や隣国の外交官の妻とのロマンスに置いても、彼は決して彼女らに手をつけようとはしなかった。私の記憶が確かならば、この娼館以外、この人が誰かと寝台を共にしたところは見たことがない。国じゅうから集められた美女たちよりも、蓮っ葉な娼婦の方が気に入りなんだろうか? この扉を開けた時、入れ替わりで廊下へと消えた娼婦を思い出す。彼女はシンの馴染みだった。彼がこの娼館で指名するのはあの女だけのはずだ。彼女はいささか大柄だが、美しく教養があり、自分の立場をわきまえ、何よりも口が固かった。もしかして、さっきの噂は彼女のことなのではないか? 高級娼婦、王の馴染み、彼好みの艶めかしい体つき、必要なものは全部揃っている。だとしたらシンはどんな待遇を与えるつもりなのだろう。煌帝国のようなハレムを作って寵愛する? そんなのは想像がつかない。彼が誰かを愛しているところを思い浮かべることなんて出来ない。けれど、それが王として当たり前の権利なのじゃないか。
 雨の音が強まり、衝立にかかった薄布が舞い上がる。中庭のプルメリアやコンロンの木が風にしなる。横殴りの雨は花を散らし、地面を汚してゆく。
「止みそうにないな。雨宿りのつもりだったが、腰をあげるとしよう。ジャーファル、腰布を結んでくれないか」
 体を起こし、シンが言う。その視線の先には腰布や靴が無造作に散らばっている。熱烈な情事の跡に、指先が震えるのが分かる。私は腕を組み、シンドバッドに向き直る。息が詰まる。大丈夫だ、こんなのは慣れている。
「それくらい自分でできるでしょう」
「疲れてるんだよ。分かるだろう?」
 日に焼けた掌が私の背中を叩く。何の気はなしに差し出された言葉に胸が悪くなる。誰かを抱いておいてそんな顔で見るなんて、いくら私でも動揺してしまう。乱れた寝台に近づき、床に落ちた腰布を拾う。丁寧に埃を払い、美しい筋肉のついた肩にかける。甘い香りがする。女の、繰り返し煮詰められた、あまい蜜の匂い。
作品名:【マギ】殿方ご免遊ばせ 作家名:時緒