ぐらにる 流れ4
クルマのナビゲートシステムは、的確に指示を出した。どこだかわからないものの、た
ぶん、南西に向いているらしいぐらいのことはわかる。二時間ばかりで辿り着いたのは、
大きなリゾートホテルの前だった。
予約していたのは本当だったらしく、フロントで待たされることもなく、部屋に案内さ
れた。
それから、二日間、一歩も部屋から出なかった。食事は、ルームサービスだし、着替え
る暇がなくて、バスローブで過ごした。日曜の朝まで、ただ、飽きるまで抱き合って、疲
れたら眠って、空腹を感じたら、食事して、という爛れた生活というものを堪能した。
「まるで、ハネムーンだ。」
ぼんやりと、ベッドから外の景色を眺めていたら、いきなり抱き締められた。エーカー
は、兎に角、傍にくっついているのが好きならしい。
「これ、ある意味、監禁だと思うぞ、エーカー。あんた、こんなこと、いつもやってるの
か? 」
「やってない。二ールは、すぐに私の存在を黙殺するから、こういう処置が有効だろうと
思ったまでだ。今も、きみは外の景色に目を奪われて、私の存在を忘れていた。」
「忘れてない。・・・えーっと、何にも考えなくて、こういう景色を眺めてるのは幸せだ
と思ってたんだ。あんたが酔狂な人間でよかったよ。」
窓の外にあるのは、ぽつんぽつんと島のある海だった。とてもいい天気であるらしく、
海鳥が窓の傍を飛びすぎていく。世界は、こんなに綺麗なものだ。人間が争わなければ、
この景色は破壊されることもない。
「酔狂か・・・それなら、きみもだろ? 監禁されているというのに、逃げる様子はない
からな。」
「逃げても、あんた、絶対に捕まえるだろ? だいたい、ここが、どこなのかすら、俺に
はわからないってーの。」
「くくくくく・・・嘘つきなお姫様だ。ここにあるパンフレットで確認していただろうに
。」
「バレてたか。」
「私が目を覚ますと、きみは、私の寝顔を無視してソファで読書三昧だ。・・・愛がない
。」
「愛はないかもしれない。」
「それは悲しいな。」
素っ気無く言った言葉に、エーカーは笑いながら、俺の頬にキスをする。これだけのこ
とをやって、それでも二週間限定だと思うから、笑っていられる。目が覚めて、傍らでテ
キストを睨んでいるエーカーが、俺の視線に反応して笑いかけるのは、とても甘い夢に沈
められているようで、心が浮き立つようだった。
・・・でも、いつもの日常に戻ったら、忘れるさ。次は、戦場で会うんだからな。・・・
・
変革されていく世界が、穏かなものであればいい。だが、そうはならないから、組織は
ある。一気に変わるわけではないから、そこに必要な抑止力が存在する。
ちゅっ
「二ール、まただ。そんな怖い顔をするな。」
考えないようにしても、考えてしまう。この時間が甘ければ甘いほど、現実の厳しさを
思い出す。どうにも厄介な性格だと、自嘲した。
「そろそろチェックアウトだろ? 」
「夜まで、ここは抑えてある。」
「なら、エーカーが欲しい。」
「姫のお望みのままに。」
ばふんとベッドに転がって、上から覗き込んでくるエーカーに笑いかけて、それから、
ゆっくりと身体を合わせる。
・・・これは、甘くていい夢だ・・・・・
すっかりと馴れた手が、するりとうなじを触ってくる。快楽というのは便利な麻薬だ。
それだけで、現実を忘れさせてくれる。
ウィークデーが始まって、結局、俺はサボタージュできずに、エーカーと一緒に施設に
出向いていた。サボると言うと、「では、私も。」 と、同じように行動しようとするか
ら、勝手ができなかったからだ。学習プログラムは、個人でやるものだから、その間は、
別行動になることもあるが、それ以外は、ずっと彼が傍にいる。さすがに、施設にいる時
は、キスもお触りも禁止だと厳命したので、その間だけは大人しい。
その代わり、家に戻ったら、べたべたと背中にへばりつかれたままになる。料理の最中
は危ないから、と、叱るのに、それでもやめない。
「相当に粘着気質だよな? グラハム。」
自分もファーストネームで呼んで欲しいと、お願いされたので、どちらもファーストネ
ームで呼び合っている。
「そうかな・・・・まあ、素晴らしいものに出会ったら、そればかりになるかな。」
「もういい加減にしたら、どうだ? 」
「そうはいかない。二ールの安眠を確保するのは、恋人の私の使命だ。」
「はいはい、ありがとさんな。ほら、退けよ。」
揚げ物をしているので、どうしても油が気になる。あまり跳ねるものではないが、それ
でも、多少は飛ぶ。それを、彼に当たらないように料理するのは至難の業だ。あちっっ、
と、背中から前に回していた手を、彼は、一気に引き上げた。だから、危ないと言ったの
だ。
「水で冷やせ。」
「大したことじゃない。」
「ダメだ。跡が残るぞ。」
言うことを聞く相手ではないので、強引に水道の下に掴んだ手を差し出させた。大した
跳ねではなかったから、それで充分だろう。その間に、カツを引き上げて、その上に、野
菜を載せてドレッシングを降りかける。ミラノ風カツレツと、レンズ豆のスープが出来上
がる。同じ時間に帰宅するから、時間をかけるものは作れない。さりとて、栄養は考慮す
るから、そういうメニューになってしまう。
「そろそろ買出ししないと材料がなくなったな。」
刹那のために二人分ずつを用意するつもりで、最初に準備していたから、どうにか二週
間は買出ししなくてもよかったが、とうとうネタが尽きた。
「明日は、買出ししてくるから、あんたは先に帰れよ? グラハム。」
「また、私を置き去りにするつもりか? 」
「だって、あんたが来たところで、退屈するだけだろ? 」
「そうでもないさ。スーパーなんて、ほとんど行ったことがないから未知との遭遇ができ
そうだ。」
「じゃあ、荷物持ちな。」
先週の週末は、全て、グラハムが清算した。半分は出すと言ったのだが、それは、逆に
失礼だと叱られたので、黙ってグラハムの言うようにしてやった。その代わり、ウィーク
デーは外食はしないで、食事くらいは作らせろと、ねじ込んだら、「それは、とても嬉し
い。毎日、姫の手料理だ。」 と、大喜びされた。
「好物ってないのか? 」
「姫の作る手料理全て。」
「バカっっ、そんなんじゃない。普段、好んで食べるものだ。」
「ハンバーガーとドーナツだろうな。簡単で、エネルギーが補給しやすいし片手で食べら
れる。」
「さすが、ユニオンだな。それは国民食だろうけどさ、そういうんじゃなくて、オムレツ
とかピザとか、料理名を言ってくれ。」
好物を作ってやろうと提案しているのだが、それが伝わらない。話が通じない相手とい
うのは、こういう時は面倒だ。ふたりして食事しつつ、している会話といったら、次の食
事だの、本日のメニューの説明だのという、至極、くだらないことばかりだ。
「二ールは、何が好きなんだ? 」
「うーん、ポトフとかアイリッシュシチューとかが好きだな。ことこと半日くらい煮込む
ぶん、南西に向いているらしいぐらいのことはわかる。二時間ばかりで辿り着いたのは、
大きなリゾートホテルの前だった。
予約していたのは本当だったらしく、フロントで待たされることもなく、部屋に案内さ
れた。
それから、二日間、一歩も部屋から出なかった。食事は、ルームサービスだし、着替え
る暇がなくて、バスローブで過ごした。日曜の朝まで、ただ、飽きるまで抱き合って、疲
れたら眠って、空腹を感じたら、食事して、という爛れた生活というものを堪能した。
「まるで、ハネムーンだ。」
ぼんやりと、ベッドから外の景色を眺めていたら、いきなり抱き締められた。エーカー
は、兎に角、傍にくっついているのが好きならしい。
「これ、ある意味、監禁だと思うぞ、エーカー。あんた、こんなこと、いつもやってるの
か? 」
「やってない。二ールは、すぐに私の存在を黙殺するから、こういう処置が有効だろうと
思ったまでだ。今も、きみは外の景色に目を奪われて、私の存在を忘れていた。」
「忘れてない。・・・えーっと、何にも考えなくて、こういう景色を眺めてるのは幸せだ
と思ってたんだ。あんたが酔狂な人間でよかったよ。」
窓の外にあるのは、ぽつんぽつんと島のある海だった。とてもいい天気であるらしく、
海鳥が窓の傍を飛びすぎていく。世界は、こんなに綺麗なものだ。人間が争わなければ、
この景色は破壊されることもない。
「酔狂か・・・それなら、きみもだろ? 監禁されているというのに、逃げる様子はない
からな。」
「逃げても、あんた、絶対に捕まえるだろ? だいたい、ここが、どこなのかすら、俺に
はわからないってーの。」
「くくくくく・・・嘘つきなお姫様だ。ここにあるパンフレットで確認していただろうに
。」
「バレてたか。」
「私が目を覚ますと、きみは、私の寝顔を無視してソファで読書三昧だ。・・・愛がない
。」
「愛はないかもしれない。」
「それは悲しいな。」
素っ気無く言った言葉に、エーカーは笑いながら、俺の頬にキスをする。これだけのこ
とをやって、それでも二週間限定だと思うから、笑っていられる。目が覚めて、傍らでテ
キストを睨んでいるエーカーが、俺の視線に反応して笑いかけるのは、とても甘い夢に沈
められているようで、心が浮き立つようだった。
・・・でも、いつもの日常に戻ったら、忘れるさ。次は、戦場で会うんだからな。・・・
・
変革されていく世界が、穏かなものであればいい。だが、そうはならないから、組織は
ある。一気に変わるわけではないから、そこに必要な抑止力が存在する。
ちゅっ
「二ール、まただ。そんな怖い顔をするな。」
考えないようにしても、考えてしまう。この時間が甘ければ甘いほど、現実の厳しさを
思い出す。どうにも厄介な性格だと、自嘲した。
「そろそろチェックアウトだろ? 」
「夜まで、ここは抑えてある。」
「なら、エーカーが欲しい。」
「姫のお望みのままに。」
ばふんとベッドに転がって、上から覗き込んでくるエーカーに笑いかけて、それから、
ゆっくりと身体を合わせる。
・・・これは、甘くていい夢だ・・・・・
すっかりと馴れた手が、するりとうなじを触ってくる。快楽というのは便利な麻薬だ。
それだけで、現実を忘れさせてくれる。
ウィークデーが始まって、結局、俺はサボタージュできずに、エーカーと一緒に施設に
出向いていた。サボると言うと、「では、私も。」 と、同じように行動しようとするか
ら、勝手ができなかったからだ。学習プログラムは、個人でやるものだから、その間は、
別行動になることもあるが、それ以外は、ずっと彼が傍にいる。さすがに、施設にいる時
は、キスもお触りも禁止だと厳命したので、その間だけは大人しい。
その代わり、家に戻ったら、べたべたと背中にへばりつかれたままになる。料理の最中
は危ないから、と、叱るのに、それでもやめない。
「相当に粘着気質だよな? グラハム。」
自分もファーストネームで呼んで欲しいと、お願いされたので、どちらもファーストネ
ームで呼び合っている。
「そうかな・・・・まあ、素晴らしいものに出会ったら、そればかりになるかな。」
「もういい加減にしたら、どうだ? 」
「そうはいかない。二ールの安眠を確保するのは、恋人の私の使命だ。」
「はいはい、ありがとさんな。ほら、退けよ。」
揚げ物をしているので、どうしても油が気になる。あまり跳ねるものではないが、それ
でも、多少は飛ぶ。それを、彼に当たらないように料理するのは至難の業だ。あちっっ、
と、背中から前に回していた手を、彼は、一気に引き上げた。だから、危ないと言ったの
だ。
「水で冷やせ。」
「大したことじゃない。」
「ダメだ。跡が残るぞ。」
言うことを聞く相手ではないので、強引に水道の下に掴んだ手を差し出させた。大した
跳ねではなかったから、それで充分だろう。その間に、カツを引き上げて、その上に、野
菜を載せてドレッシングを降りかける。ミラノ風カツレツと、レンズ豆のスープが出来上
がる。同じ時間に帰宅するから、時間をかけるものは作れない。さりとて、栄養は考慮す
るから、そういうメニューになってしまう。
「そろそろ買出ししないと材料がなくなったな。」
刹那のために二人分ずつを用意するつもりで、最初に準備していたから、どうにか二週
間は買出ししなくてもよかったが、とうとうネタが尽きた。
「明日は、買出ししてくるから、あんたは先に帰れよ? グラハム。」
「また、私を置き去りにするつもりか? 」
「だって、あんたが来たところで、退屈するだけだろ? 」
「そうでもないさ。スーパーなんて、ほとんど行ったことがないから未知との遭遇ができ
そうだ。」
「じゃあ、荷物持ちな。」
先週の週末は、全て、グラハムが清算した。半分は出すと言ったのだが、それは、逆に
失礼だと叱られたので、黙ってグラハムの言うようにしてやった。その代わり、ウィーク
デーは外食はしないで、食事くらいは作らせろと、ねじ込んだら、「それは、とても嬉し
い。毎日、姫の手料理だ。」 と、大喜びされた。
「好物ってないのか? 」
「姫の作る手料理全て。」
「バカっっ、そんなんじゃない。普段、好んで食べるものだ。」
「ハンバーガーとドーナツだろうな。簡単で、エネルギーが補給しやすいし片手で食べら
れる。」
「さすが、ユニオンだな。それは国民食だろうけどさ、そういうんじゃなくて、オムレツ
とかピザとか、料理名を言ってくれ。」
好物を作ってやろうと提案しているのだが、それが伝わらない。話が通じない相手とい
うのは、こういう時は面倒だ。ふたりして食事しつつ、している会話といったら、次の食
事だの、本日のメニューの説明だのという、至極、くだらないことばかりだ。
「二ールは、何が好きなんだ? 」
「うーん、ポトフとかアイリッシュシチューとかが好きだな。ことこと半日くらい煮込む