家庭教師情報屋折原臨也8
目を開けると硬い地面はなかった。かわりに背中には柔らかいベッドの感触があり、ひどく落ち着いた。
――― ここ、俺の家?
確かに天井も電灯もベッドから見える部屋の構造も臨也の部屋のものだった。あれ俺ってドタチンと話してなかったっけ。そう考えながらがんがんと痛む頭を押さえて起き上ると思わぬ顔に出くわした。
「起きたか」
焦点が合う前に目の前で金髪が動いた。この部屋に他人を入れたことは無い。すぐに身体が動いた。
「うぉっ!」
シーツを煙幕代わりに用いて相手に被せると、臨也はベッドから飛び降り枕の下に隠していたナイフを向けた。次いで椅子が倒れる派手な音がした。
「何しやがッ」
シーツを掛けられた方は慌てて顔を出すなり怒鳴ったが、目の前にナイフの切っ先を向けられているのを見てすぐに押し黙った。
「え?は?静雄、君……?」
その人物の顔をちゃんと見て臨也は驚き、ゆっくりとナイフを下ろした。しかしその驚きはすぐに焦りに変わった。ナイフなんてふつうの人は枕の下に入れていない。まして人に向けることなんてありえない。だが向けてしまった事実は消えない。まずいまずい非常にまずい。
おそるおそる静雄の方を見れば向こうも驚いた顔でこちらを見ていた。
――― 冷静になれ、冷静になれ折原臨也!
異常に速くなった鼓動を抑えるために静かに二、三度深呼吸をして、冷静を繕って臨也は言った。
「何でここにいるの?」
「……門田さんと喋ってる最中にお前が倒れて、そん時たまたまその場に居合わせて……いや違う、ずっと見てた。お前が倒れるところは見てなかったけど、門田さんの友達がここまで車で運んで、部屋までは門田さんと俺が運んだ。あと新羅も来てる」
「そう」
臨也は静雄の言葉に推測を加え、自分が倒れた後の記憶を作り上げた。しかし引っかかる点が一つ。静雄は偶然ではなく必然で居合わせたと言った。
つまり、情報屋の姿を見られていたということである。
―――見てたって……
情報屋としては確かまだ面は割れてないし、あの時も顔は隠していたよな。臨也は記憶を手繰った。
そこで矛盾に気付いた。静雄は自分じゃなくて情報屋を探していたんだ。だから居合わせたんだ。そして情報屋が自分だったということだ。気を付けていたのに、何てざまだ。
「……」
「………」
「…………」
「……………」
沈黙が辛かった。かちこちと部屋に置かれた時計が針を進める音が聞こえた。何かを言おうとは思うが、口を開くまでに至らない。あぁだこうだと頭で考えて終わってしまう。
するとその沈黙を破るかのように扉が開いた。
「なんかすごい音聞こえたけど」
扉の先から顔を出したのは新羅だった。恐らく門田が念を入れて呼んだのだろうと臨也は思った。しかし彼の姿が見えない事からもう帰ったのだろうと思った。
新羅は臨也と静雄を交互に見て、そして床に落ちたシーツを見て推測をそのまま口に出した。
「もしかして臨也が目覚めて静雄の顔を見て驚いてナイフ向けちゃったりしたの?」
その言葉に、当事者二人は顔を見合わせた。
「……その通りだよ」
「お前エスパーか?」
「本当なんだ……冗談のつもりだったんだけど」
室内に入り、新羅は倒れた椅子を立てて座りなおした静雄の横に立った。臨也は床にあるシーツを拾ってベッドに座った。
「一応診たところ、門田さんの言うとおり寝不足だね。あと軽い失調も」
「ここのとこ碌に食べた記憶ないから仕方ないね」
淡々と続く新羅の言葉に心当たりがないどころか自覚するほどにありすぎるため、溜息しか出なかった。自己管理には自信があったつもりだった。
「まだ眠いだろう?もう少し寝るといいよ」
そう言われると、思い出したかのように眠気が襲ってきた。一つ欠伸をして臨也はベッドに横になった。
「そうするよ」
扉に背を向けて、シーツを被り直し枕に頭を沈めた。
「じゃ、僕は帰るよ」
「わざわざ新宿までご足労様」
ベッドの中から手を振って、臨也は新羅を見送った。ぱたんと一度扉の閉まる音が鳴った。
そして室内は静かになった。しかし一人にはなっていない。静雄がまだ椅子に座っている。背後を気配だけで窺うが、出て行く様子は感じられなかった。
――― 予測していたことではあるけど。
短く息を吐いて臨也は起き上がった。眠さ特有の気怠さはあるがぱたりと倒れることは無いだろう。
「さて」
「寝ないのか?」
「寝ないというより、寝れないよ」
静雄の質問に肩をすくめて臨也は答えた。
「聞きたいことがあるだろう?いろいろと」
そう臨也が尋ねると、静雄はすこし視線をさまよわせてから一つ頷いた。
「まぁ、俺もいろいろ話したいことがあるからさ」
――― ここ、俺の家?
確かに天井も電灯もベッドから見える部屋の構造も臨也の部屋のものだった。あれ俺ってドタチンと話してなかったっけ。そう考えながらがんがんと痛む頭を押さえて起き上ると思わぬ顔に出くわした。
「起きたか」
焦点が合う前に目の前で金髪が動いた。この部屋に他人を入れたことは無い。すぐに身体が動いた。
「うぉっ!」
シーツを煙幕代わりに用いて相手に被せると、臨也はベッドから飛び降り枕の下に隠していたナイフを向けた。次いで椅子が倒れる派手な音がした。
「何しやがッ」
シーツを掛けられた方は慌てて顔を出すなり怒鳴ったが、目の前にナイフの切っ先を向けられているのを見てすぐに押し黙った。
「え?は?静雄、君……?」
その人物の顔をちゃんと見て臨也は驚き、ゆっくりとナイフを下ろした。しかしその驚きはすぐに焦りに変わった。ナイフなんてふつうの人は枕の下に入れていない。まして人に向けることなんてありえない。だが向けてしまった事実は消えない。まずいまずい非常にまずい。
おそるおそる静雄の方を見れば向こうも驚いた顔でこちらを見ていた。
――― 冷静になれ、冷静になれ折原臨也!
異常に速くなった鼓動を抑えるために静かに二、三度深呼吸をして、冷静を繕って臨也は言った。
「何でここにいるの?」
「……門田さんと喋ってる最中にお前が倒れて、そん時たまたまその場に居合わせて……いや違う、ずっと見てた。お前が倒れるところは見てなかったけど、門田さんの友達がここまで車で運んで、部屋までは門田さんと俺が運んだ。あと新羅も来てる」
「そう」
臨也は静雄の言葉に推測を加え、自分が倒れた後の記憶を作り上げた。しかし引っかかる点が一つ。静雄は偶然ではなく必然で居合わせたと言った。
つまり、情報屋の姿を見られていたということである。
―――見てたって……
情報屋としては確かまだ面は割れてないし、あの時も顔は隠していたよな。臨也は記憶を手繰った。
そこで矛盾に気付いた。静雄は自分じゃなくて情報屋を探していたんだ。だから居合わせたんだ。そして情報屋が自分だったということだ。気を付けていたのに、何てざまだ。
「……」
「………」
「…………」
「……………」
沈黙が辛かった。かちこちと部屋に置かれた時計が針を進める音が聞こえた。何かを言おうとは思うが、口を開くまでに至らない。あぁだこうだと頭で考えて終わってしまう。
するとその沈黙を破るかのように扉が開いた。
「なんかすごい音聞こえたけど」
扉の先から顔を出したのは新羅だった。恐らく門田が念を入れて呼んだのだろうと臨也は思った。しかし彼の姿が見えない事からもう帰ったのだろうと思った。
新羅は臨也と静雄を交互に見て、そして床に落ちたシーツを見て推測をそのまま口に出した。
「もしかして臨也が目覚めて静雄の顔を見て驚いてナイフ向けちゃったりしたの?」
その言葉に、当事者二人は顔を見合わせた。
「……その通りだよ」
「お前エスパーか?」
「本当なんだ……冗談のつもりだったんだけど」
室内に入り、新羅は倒れた椅子を立てて座りなおした静雄の横に立った。臨也は床にあるシーツを拾ってベッドに座った。
「一応診たところ、門田さんの言うとおり寝不足だね。あと軽い失調も」
「ここのとこ碌に食べた記憶ないから仕方ないね」
淡々と続く新羅の言葉に心当たりがないどころか自覚するほどにありすぎるため、溜息しか出なかった。自己管理には自信があったつもりだった。
「まだ眠いだろう?もう少し寝るといいよ」
そう言われると、思い出したかのように眠気が襲ってきた。一つ欠伸をして臨也はベッドに横になった。
「そうするよ」
扉に背を向けて、シーツを被り直し枕に頭を沈めた。
「じゃ、僕は帰るよ」
「わざわざ新宿までご足労様」
ベッドの中から手を振って、臨也は新羅を見送った。ぱたんと一度扉の閉まる音が鳴った。
そして室内は静かになった。しかし一人にはなっていない。静雄がまだ椅子に座っている。背後を気配だけで窺うが、出て行く様子は感じられなかった。
――― 予測していたことではあるけど。
短く息を吐いて臨也は起き上がった。眠さ特有の気怠さはあるがぱたりと倒れることは無いだろう。
「さて」
「寝ないのか?」
「寝ないというより、寝れないよ」
静雄の質問に肩をすくめて臨也は答えた。
「聞きたいことがあるだろう?いろいろと」
そう臨也が尋ねると、静雄はすこし視線をさまよわせてから一つ頷いた。
「まぁ、俺もいろいろ話したいことがあるからさ」
作品名:家庭教師情報屋折原臨也8 作家名:獅子エリ