ぐらにる 流れ5
復讐することで、何かが変わるということはない。死者は、すでに思考することがない。だから、ある意味、復讐というのは自己満足というカテゴリーに属するのかもしれない。
・・・・・でも、それでもないと生きてられなかったんだよな・・・・・・
目の前には、広がる墓標がある。そのひとつの前で、ぼんやりと佇んでいた。手にしていた白の百合で作られた花束を、その前に置いて黙祷する。どこかに天国なるものがあるとしたら、たぶん、両親は、泣いているだろう。やってきたことは、親不孝以外の何ものでもなかったはずだ。
この歪んでいる世界を変えられるなら、と、マイスターであることは受け入れた。だから、この手が、さらに血塗られても後悔はしないだろう。
・・・・まあ、天国には逝けないから、叱られることもないか・・・・・・
天使の名前を持った機体に乗っていても、やっていることは堕天使の行いだ。だから、天国には行けない。
・・・・でも、変えられるなら、そのほうがいい・・・・・・
そんなことを考えていたら、ぽつりと頬に雨粒が当たった。いつも、ここに来ると雨が降る。季節柄なのか、誰かの涙雨なのか、いつも濡れることになる。それでも、傘を用意しない自分というのは、いかにも、バカだと自覚はしている。
「風邪を引くぞ、ニール。」
すっと、背後に気配がして、陰ができた。振り返らなくても、誰かはわかって、驚いた。
「どこにつけた? 」
「携帯端末。きみは、おそらく、それぐらいしか持ち歩かないだろうと思った。」
「休暇は終わったんじゃなかったのか? 」
「緊急の要件だけ終わらせて、とって返した。強力な発信電波を内臓していて助かったよ。まさか、世界を半分も移動するとは思わなかった。・・・・少し持ってくれ、祈りたい。」
彼は、傘を差し出して、墓標の前で黙祷する。誰の墓なのかは説明しなくてもわかったのだろう。それよりも、追い駆けてきたことのほうが驚きだった。迂闊にも、電波のチェックをしなかったのは、自分のミスだが、隠れ家でよかったとも言えた。組織へ戻っていたら、とんでもないことになっていただろう。
黙祷を終えて、振り向いた彼は、いつもより静かだった。悪いことをしたと責められて困っている子供のような顔をしている。
「なぜ? 」
「きみを手放したくないと思った。だから、確固たるきみの存在する場所を、私は知りたいと思ったんだ。失礼なことをしたことは謝る。だが、逃げないで欲しい。」
「あんたとは一ヶ月限定。もう無関係だ。」
「この気持ちに区切りは付けられない。・・・・ニール、きみが何者であろうと構わないんだ。ただ、ここに戻って来る時には、なるべく一緒に、ここへ来たい。」
「年に何度も帰るわけじゃない。」
「だが、きみは、アパートを借りている。あそこなら連絡がつけられるのではないだろうか? 」
どうやら、彼は、きっちりと尾行していたらしい。何日かは、つけられていたとみていいだろう。それなら、一緒にいた刹那たちも目撃されてしまっただろう。
・・・・殺すか・・・・・
礼服であろうと、銃は携帯している。ここで殺したくはないが、非常事態だ。どうせ、天国には逝けないのだから、叱られることはない。嘆かれても、それは聞こえない。傘を返す時に、脇に隠しているホルスターから銃を抜いた。だが、彼は驚かず、うっすらと笑った。
「ここではまずい。きみの両親が悲しむだろう。」
「もう、いいよ。どうせ、俺は天国には逝けないんだ。・・・・さすが軍人だ。驚きもしやがらねぇーな。」
「銃をつきつけられるのには、些か慣れていてね。」
こういう生業をしていたことは告げたから、彼も理解しているのだろう。どうして、こういうややこしいことをするかな、と、苦笑した。あのまま離れてしまえば、記憶の中でだけ大切にしてやれたのだ。
「なんで、あんたは・・・・余計なことをするんだよ。」
「きみを忘れたくないからだ。」
いや、きみの手料理の虜になったということにしておこうか、と、からからと笑っている。殺されるかもしれない状況で、まだ笑える彼は強いのだろう。
「死んだら、記憶もなくなるんだぜ? 」
「だが、きみの記憶には残るさ。きみが生きている間、きみは私という存在を忘れられないだろう。」
「忘れるさ。」
「いや、きみは忘れたくても忘れないさ。・・・・・とりあえず、もう少し、ここから見えない場所に移動しないか? 」
つきつけている銃を無視するように、彼は木立のほうへ歩き出す。何も考えず寄りかかった相手は、敵としても厄介な相手だった。ここで殺したら、確かに忘れられないだろう。指摘は正しい。ただ寄りかかった相手が、敵だったから殺す。それは、自分の勝手気侭な理由で、彼には非がないのだ。
「ニール、何をしている。」
木立まで先に歩いていった彼は、俺を呼んでいる。
・・・・なんなんだろうな、あれは・・・・・
ぼんやりと立ち止まって、墓標に顔を向けた。無関係に殺された人間は、その瞬間に何を思うのだろう。死んだことすらわからないままなのかもしれない。
「なんで、俺は死ねないんだろうな。」
「姫っっ、ニールっっ、いい加減にしないかっっ。・・・・ったく、風邪をひいたら、どうするつもりだ? きみが傘を持ちなさい。」
駆け足で戻って来た彼は、そう叫んで、俺の手に傘の柄を押し付ける。今から引き金をひかれるのだとわかっていて、それを言う彼が、非常におかしい。
「なあ、グラハム。あんた、空気を読まないとか言われてないか? 」
「いいや。そんなことはいいから、傘を。」
「今から、俺、あんたを殺そうと思ってるんだけど? 」
「わかっている。だから、きみは、風をひかないように、傘を。」
「なあ、頼むから、文句のひとつも言ってくれよ。恨み言とか罵詈雑言とか、俺は、そういうの期待してんだけどさ。」
「無理を言わないでくれ。きみに、そんなものを吐けるわけがないだろう。」
困ったように笑う彼は、傘を差しかけて笑っている。たかが二週間されど二週間、彼は、ずっと安眠を確保してくれた。何も考えず寄りかかって、気を抜いたのは俺だ。
「グラハム、忘れてくれ。」
「できない相談だ。」
「殺されてもいいのか? 」
「仕方がないだろう。そうだ。せめて、最後に抱擁とキスぐらいはさせてくれるかな? ニール。」
同じ傘の中にいる。ゆっくりと、彼を抱きしめる。人の話を聞かない彼は、「ありがとう。」 と、耳元に囁いて、背中に手を添わせた。ここで、彼を殺したら、本当にテロリストだと苦い思いを呑み込んだ。
「・・・・あそこは、解約する。・・・あんたの住処を教えろ。俺の時間が空いたら、会いに行く。」
「ん? 殺さないのか? 」
「あんたに落ち度があるわけじゃない。巻き込んだのは俺だ。関係ないのに殺されていいわけがないだろっっ。」
「・・・そうだな。ちょっと待ってくれ。」
・・・・・でも、それでもないと生きてられなかったんだよな・・・・・・
目の前には、広がる墓標がある。そのひとつの前で、ぼんやりと佇んでいた。手にしていた白の百合で作られた花束を、その前に置いて黙祷する。どこかに天国なるものがあるとしたら、たぶん、両親は、泣いているだろう。やってきたことは、親不孝以外の何ものでもなかったはずだ。
この歪んでいる世界を変えられるなら、と、マイスターであることは受け入れた。だから、この手が、さらに血塗られても後悔はしないだろう。
・・・・まあ、天国には逝けないから、叱られることもないか・・・・・・
天使の名前を持った機体に乗っていても、やっていることは堕天使の行いだ。だから、天国には行けない。
・・・・でも、変えられるなら、そのほうがいい・・・・・・
そんなことを考えていたら、ぽつりと頬に雨粒が当たった。いつも、ここに来ると雨が降る。季節柄なのか、誰かの涙雨なのか、いつも濡れることになる。それでも、傘を用意しない自分というのは、いかにも、バカだと自覚はしている。
「風邪を引くぞ、ニール。」
すっと、背後に気配がして、陰ができた。振り返らなくても、誰かはわかって、驚いた。
「どこにつけた? 」
「携帯端末。きみは、おそらく、それぐらいしか持ち歩かないだろうと思った。」
「休暇は終わったんじゃなかったのか? 」
「緊急の要件だけ終わらせて、とって返した。強力な発信電波を内臓していて助かったよ。まさか、世界を半分も移動するとは思わなかった。・・・・少し持ってくれ、祈りたい。」
彼は、傘を差し出して、墓標の前で黙祷する。誰の墓なのかは説明しなくてもわかったのだろう。それよりも、追い駆けてきたことのほうが驚きだった。迂闊にも、電波のチェックをしなかったのは、自分のミスだが、隠れ家でよかったとも言えた。組織へ戻っていたら、とんでもないことになっていただろう。
黙祷を終えて、振り向いた彼は、いつもより静かだった。悪いことをしたと責められて困っている子供のような顔をしている。
「なぜ? 」
「きみを手放したくないと思った。だから、確固たるきみの存在する場所を、私は知りたいと思ったんだ。失礼なことをしたことは謝る。だが、逃げないで欲しい。」
「あんたとは一ヶ月限定。もう無関係だ。」
「この気持ちに区切りは付けられない。・・・・ニール、きみが何者であろうと構わないんだ。ただ、ここに戻って来る時には、なるべく一緒に、ここへ来たい。」
「年に何度も帰るわけじゃない。」
「だが、きみは、アパートを借りている。あそこなら連絡がつけられるのではないだろうか? 」
どうやら、彼は、きっちりと尾行していたらしい。何日かは、つけられていたとみていいだろう。それなら、一緒にいた刹那たちも目撃されてしまっただろう。
・・・・殺すか・・・・・
礼服であろうと、銃は携帯している。ここで殺したくはないが、非常事態だ。どうせ、天国には逝けないのだから、叱られることはない。嘆かれても、それは聞こえない。傘を返す時に、脇に隠しているホルスターから銃を抜いた。だが、彼は驚かず、うっすらと笑った。
「ここではまずい。きみの両親が悲しむだろう。」
「もう、いいよ。どうせ、俺は天国には逝けないんだ。・・・・さすが軍人だ。驚きもしやがらねぇーな。」
「銃をつきつけられるのには、些か慣れていてね。」
こういう生業をしていたことは告げたから、彼も理解しているのだろう。どうして、こういうややこしいことをするかな、と、苦笑した。あのまま離れてしまえば、記憶の中でだけ大切にしてやれたのだ。
「なんで、あんたは・・・・余計なことをするんだよ。」
「きみを忘れたくないからだ。」
いや、きみの手料理の虜になったということにしておこうか、と、からからと笑っている。殺されるかもしれない状況で、まだ笑える彼は強いのだろう。
「死んだら、記憶もなくなるんだぜ? 」
「だが、きみの記憶には残るさ。きみが生きている間、きみは私という存在を忘れられないだろう。」
「忘れるさ。」
「いや、きみは忘れたくても忘れないさ。・・・・・とりあえず、もう少し、ここから見えない場所に移動しないか? 」
つきつけている銃を無視するように、彼は木立のほうへ歩き出す。何も考えず寄りかかった相手は、敵としても厄介な相手だった。ここで殺したら、確かに忘れられないだろう。指摘は正しい。ただ寄りかかった相手が、敵だったから殺す。それは、自分の勝手気侭な理由で、彼には非がないのだ。
「ニール、何をしている。」
木立まで先に歩いていった彼は、俺を呼んでいる。
・・・・なんなんだろうな、あれは・・・・・
ぼんやりと立ち止まって、墓標に顔を向けた。無関係に殺された人間は、その瞬間に何を思うのだろう。死んだことすらわからないままなのかもしれない。
「なんで、俺は死ねないんだろうな。」
「姫っっ、ニールっっ、いい加減にしないかっっ。・・・・ったく、風邪をひいたら、どうするつもりだ? きみが傘を持ちなさい。」
駆け足で戻って来た彼は、そう叫んで、俺の手に傘の柄を押し付ける。今から引き金をひかれるのだとわかっていて、それを言う彼が、非常におかしい。
「なあ、グラハム。あんた、空気を読まないとか言われてないか? 」
「いいや。そんなことはいいから、傘を。」
「今から、俺、あんたを殺そうと思ってるんだけど? 」
「わかっている。だから、きみは、風をひかないように、傘を。」
「なあ、頼むから、文句のひとつも言ってくれよ。恨み言とか罵詈雑言とか、俺は、そういうの期待してんだけどさ。」
「無理を言わないでくれ。きみに、そんなものを吐けるわけがないだろう。」
困ったように笑う彼は、傘を差しかけて笑っている。たかが二週間されど二週間、彼は、ずっと安眠を確保してくれた。何も考えず寄りかかって、気を抜いたのは俺だ。
「グラハム、忘れてくれ。」
「できない相談だ。」
「殺されてもいいのか? 」
「仕方がないだろう。そうだ。せめて、最後に抱擁とキスぐらいはさせてくれるかな? ニール。」
同じ傘の中にいる。ゆっくりと、彼を抱きしめる。人の話を聞かない彼は、「ありがとう。」 と、耳元に囁いて、背中に手を添わせた。ここで、彼を殺したら、本当にテロリストだと苦い思いを呑み込んだ。
「・・・・あそこは、解約する。・・・あんたの住処を教えろ。俺の時間が空いたら、会いに行く。」
「ん? 殺さないのか? 」
「あんたに落ち度があるわけじゃない。巻き込んだのは俺だ。関係ないのに殺されていいわけがないだろっっ。」
「・・・そうだな。ちょっと待ってくれ。」