助手ライフ
*雲雀の坊やと助手
家には玄関というシステムがある。しかしこの診療所(非公開)の玄関は正常に活用されにくい運命を担っていた。暗殺業の方は実をいうとよく知らないが、闇医者業であればお客様は大抵ヤのつくそっちの方で、戸を温厚に開けて挨拶など交わすことはない。というか女しか看ないので「看てくれ!(野太い)」「帰れ!(殺気)」の押し問答になる。更には週一でシャマルに妻を…な夫君方により戸が蹴り倒される。(引っ越しを考えるべきだ)
かえって、窓の方が玄関らしい日々を送れている。最も使用するのは逃げるシャマルともう一人。
「やあ」
「あ、ヒバリさん」
今日も今日とて窓を玄関として使う青年がしなやかに室内にはいってくる。雲雀恭弥。かわいい隣の女の子が想いを傾ける青年。黒のスーツも似合えば着流しも似合う、戦闘マニア。誰も彼もが名を聞いたら戦慄する男。雲雀の連想は進むほど人外の生き物へと近づく。けれど沢田が最終的に下す結論はいつも。
「かわいいなあ」
「は?」
「窓、玄関にするところとか応対とかさ、これくらい小さかった頃のまんま」
自身の腰辺りで手をヒラヒラさせた沢田にとって、いくつになろうと雲雀は子供だ。20年、成長を(蹴られたり殴られたりしながら)見守った、男の子だ。かわいくないわけがない。
「年寄。昔のことばかり持ち出す」
「昔も今も、ですよ」
沢田はむくれる雲雀の顔を見て目を細めた。
むくれたまま雲雀は沢田に封筒を渡す。
「ん?」
「シャマルに渡して」
「あ。りょーかいですっていっても帰りいつになるかわからないんですが」
「いつものことでしょ」
いくつになってもかわいい近所の男の子だが、いくつになってもなにやって生きてるのか謎の子だ。闇医者に何の用だかはしらないがこうしてときたま商談に来る。こう見えて意外と会社員だったり…はしないだろうが。
お茶でも飲みますか?と口を、開こうとして、びん!沢田の生命維持本能に引っ掛かった気配。窓に存在意義を奪われつつある玄関、来る。横にいた雲雀も既に戦闘態勢。トンファーはまだ、懐。
「コオオォォォォォォォ…」
戸は楽器の仲間だっただろうか。そう思いたくなるほど、立てられる音すべてを出しきって横にスライドされた。ああ、正しい使い方だというのに、診療所(非公開)の戸はまたもや御臨終。しかし、今はお悔やみを言える余裕もない。というか。
「コオオォ、は挨拶じゃねえよ。XANXUS…」
「うっせえ」
極道を順風満帆に闊歩すれば、こんな顔が出来上がるのだろうか。逆光を背負って玄関から現れた男、XANXUS(30)は般若をイケメンにしたアンチャンと、いった風情だ。この男との付き合いはかれこれ15年。その年月の中で沢田はXANXUSから単語を3つ以上、使った言葉を聞いたことがない。
ギロッとXANXUSの深紅の眼が雲雀をいぬく。ひそかに感心していたのだが、XANXUSを間近にみても雲雀からは一切怯えはうかがえない。と、いっても、近所の喫茶店マスターリボーン(50)のように、強敵にあえて嬉しいわけでもなさそうだ。お昼寝を邪魔されてちょっと不機嫌、そんな感じだ。さすが、伝説の委員長。
「ってぎゃあっ!」
心が半分以上お散歩していた沢田だったが緊急事態発生、強制帰還。だってだってだって!
見た目を裏切らないごつい手に、尻、を。
「いっ、てえっ!XANXUS…っケツっいたいっ」
ハンバーグの材料を捏ね回すように、尻の肉をつかまれて、沢田は涙目だ。つーか人様の家来て10秒内に尻揉むって何事だ毎度のことだが。いつも何のために来てるんだこの男は。沢田がXANXUSをあまり怖がらなくなったのはこの奇行による。でかい図体をしてやることは小学生。それが15年続けば恐怖も薄れる。
しかし、いつまでも尻をつかませておくわけにはいかないので、恒例の抵抗を開始しよう。そう決意した瞬間、背筋に氷水。風邪を引いたように体感温度が下がる。首に負荷、逆に尻があらゆる束縛から解放され、視界。切り替わる。ネクタイのノット、紺の。胸ポケットから、ぴい、小鳥が顔を出して。腹同士が密着して温かい。腰に、腕が回る。きゅ。
「変態」
XANXUSから沢田を引き剥がし、自分の懐へと招いた雲雀は端的に今目前で行われた行為の感想を述べた。そして、述べるにとどまらず。
「あなた、ゲイなの」
沢田が必死になって見ないようにしてきたものを、質問にして、しまった。
もはや沢田にできることはひとつ。シャマルに引っ越しを促すこと。それだけだ。