赫く散る花 - 銀時 -
一、
空が高く、遠い。
綺麗な水色だ。
午をずいぶんと過ぎ、しかし日が暮れるにはまだ早い時刻。
あたりはやわらかな光に満ち、ひんやりとした爽やかな風が頬をなでる。かぶき町の空気すら澄んでいるように感じた。
銀時は定春を散歩に連れていった帰りである。散歩を充分に満喫したからか、定春は万事屋へ帰る道だとわかっているはずなのに、むしろ銀時をぐいぐい引っ張るぐらいの勢いで進んでいた。
そして、銀時の右横には桂がいる。
散歩の途中で偶然逢ったのだ。
その時、いつも一緒のはずのエリザベスがいなくて、どうしたのかたずねたら、坂本の船に乗って故郷の星へ里帰りしているのだと答えが返ってきた。
あの被っている皮の設定だけでなく中身も天人だったのかと驚いた。
それで会話を終了させて別れることもできた。
だが、桂の顔に寂しさがかすかに浮かんでいるのを見過ごすことはできなかった。
面倒見がよすぎるんだコイツは。
そう思った瞬間、胸が痛んだ。実際に斬られて出血したとかそういうわけではないのに、それぐらいの強い痛みが確かにあった。
けれども眼に見えない痛みをこらえるために胸を押さえるわけにはいかないので、その代わりに、口を開いた。
万事屋に寄ってかねーか、と素っ気なく言った。
では茶の一杯でも馳走してもらおうか、と返事があった。
だから今、桂は銀時の隣を歩いている。
他愛のない話をしながら。
「最近、風が冷てェから歯にしみるんだよなァ」
「それはただの虫歯だろう」
「違ーよ。そんな変な虫飼ってねェ」
「なぜ言い切れるんだ。歯医者へ行って調べてもらえ」
「絶対ェ、イヤだ」
「大人のくせに歯医者が恐いのか」
「男ってヤツァいつまでも少年の心を持ってるもんなんだよ」
「俺も男だが都合のいい時だけ子供のフリをして甘えるような真似はしない」
「じゃあ、テメーは歯医者が恐くねェってのか」
「俺は貴様のように変な虫を飼っておらんからな」
「なんで言い切れるんだよ。テメーこそ歯医者へ行って調べてもらえ」
そんなやり取りをして歩いているうちに、気がつけばお登勢の店のまえまできていた。
会話が途切れる。
こういう時はどうしてあっという間に到着してしまうのかとなんだか残念に思う。
そして、万事屋のある二階へ続く階段を昇り始めた。
玄関からそのまま真っ直ぐ応接間兼居間へは行かず、廊下を左に折れ、台所へ行った。
大きな盥に水を張り、定春のまえに置いてやる。
すると、定春は舌を出して勢いよく水を飲んだ。
「……おい、茶葉はどこにあるんだ?」
そうたずねられたので声のほうを向くと、桂の手には茶筒があった。その近くでは薬缶が火にかけられている。銀時が定春に水をやっている間に湯をわかす用意をしたようだ。
「ああ、ねーよ、そんなもん」
「は!?」
「ここんとこ全然仕事が来ねェんだ。だから金もねーし、食いもん買えねーし、だが腹は減るし、仕方ねェから茶っ葉食った」
「お前……」
桂は呆れきったような眼差しで銀時を見た。そして、茶筒を流し台に乗せる。
「そんなに仕事がないなら、いっそ転職したらどうだ」
「どこに?」
冷静な声で銀時が聞くと、桂はうっと言葉に詰まった。気ままな万事屋以外に銀時に合いそうな職が思い浮かばなかったらしい。
しかし、ふとなにか良いことを思いついたような表情になり、桂は言う。
「ならば、攘夷党に来るか? 食うものには不自由させんぞ」
勧誘だ。
適当に流すことも、冗談で返すこともできる。
だが。
「それ本気で言ってんのか」
真顔で桂に問いかける。
桂は眼を一瞬大きく見開いた後、瞬いた。
戸惑っているのがわかる。けれど、銀時はなにも告げずに桂をじっと見据えた。すると、桂も無言で見返してくる。睨み合う。台所の空気が強張ったものになっていく。
どうせ本気じゃねェくせに。
そう胸のうちで桂を非難する。
作品名:赫く散る花 - 銀時 - 作家名:hujio