東方無風伝 3
「そーらーはーあおいーなーおおきーなー」
何処までも遥かに高く、何処までも純真な青色に染まった空を見上げ、まるで俺の今の心情を現すかのように散る桜を見ながら、そんな歌を歌ってみた。
最早立ち上がる気力も無く、桜に囲まれながら仰向けに転がるのも気持ちの良いものが有った。
今なら、苛められっ子で頭の悪い丸眼鏡の少年の気持ちが解る気がする。
結局、異空間はまるで集団リンチのように弾幕を放つだけ放つと、あっという間に消えて行った。
後に残されたのは、幾何千幾何万と言う弾幕の雨に撃たれた俺が残るだけで。死なないように気を遣ったのか威力はそれ以前に喰らったものより弱かったのが幸いだった。
とは言っても、やっぱり痛いものは痛くって。全身悲鳴を上げて立つことすらままならない。仕方が無い、このまま寝転がって体力の回復を待つしかない。
「なかなか楽しめたわ。後で、もっと私を楽しませてちょうだい」
異空間が消える寸前に、その穴の先から見えた女はそう言って姿を消した。
長い金色の髪に、紫を基調とした服を着込んだ、大人なのか子供なのか解らない曖昧な女だった。
「八雲、紫」
その名を呟いてみる。
間違いない、あの姿、あの声、あの嫌らしい遊び方。俺の知る八雲紫と全てが一致する。
あいつが俺の前から姿を消して、もう何年と経つことだろうか。五十年だったか、百年だったか、千年だったか。
「……ふむ」
やはり、悠久の時を生きると、時間の感覚とは狂うものだ。記憶を辿っても、それは酷く曖昧で砂嵐が走り、ぼんやりとした記憶でしか掘り起こせない。
それでも、忘れていた八雲紫の存在は思い出すことは出来た。それだけで十分だ。
「……そうか、此処はそう言うことだったのか」
今更になって、理解した。それは、この幻想郷と言う世界と、外の世界の関わりのこと。
脳内に思い浮かぶのは、幻想郷創造の瞬間だ。とは言っても、昔のことは殆ど忘れ、その記憶の大半は俺の創造が占めているだろう。
それでも、虚実と真実が織り混ざる記憶と知識が再生されていく。