ブルーバード
<1>
自室からするりと出て来た沖田は、隊服のベストも上着もちゃんと着込んでいたが、シャツの胸元だけは大きく寛げていた。山崎の手によってきっちりアイロン掛けされていたはずのスカーフは、沖田の手の中で皺を寄せている。けれど、そんなことは気にも留めないで、廊下に出た沖田はまっすぐに空を見上げていた。外勤が主の沖田にとっては、食事のメニューに次いで重要事項である天気を確かめる為だ。近藤は毎朝ちゃんと結野アナの天気予報を確認しているし、土方は新聞の気象情報欄へ几帳面に目を通しているけれど、沖田にはそういった習慣はない。その代り、朝の空を見上げて天候の予想を付けるのが沖田の日課だった。
(さてさて、今日のお天気は…)
気象の知識も予報の技術も持ち合わせないから、沖田の予報はどう転んだってあてずっぽうなのだけれど、これで結構的中率は良い方だと実は密かに自負している。集中してじっと空を見る。
沖田がこんな風に毎日空を見上げることを知っている近藤は、ある時しみじみとこんなことを言った。
「総悟の目が青いのは、空の色なんだろうなあ」
近藤は、ゴリラなのだが乙女でもあり、そして少年の心も忘れていない素敵なゴリラなのである。その時の近藤は、空を見上げて天気を見極めている沖田の隣でとんぼのめがねは云々と童謡を口ずさんでいた。
沖田は近藤に「スカイブルー」と称された目を幾度か瞬く。けれど、唐突に「おい」と呼びかけられて集中力がぶつりと途切れた。
「だらしねェ恰好で何ぼんやりしてやがる。身支度は部屋で済ませて来い」
声のした方へ振り返れば、沖田とは違ってきっちりと隊服に身を包んだ土方が不機嫌な顔で立っていた。これじゃあ、清々しい朝を迎えた沖田まで気分が悪くなる。迷惑な人だなァと沖田は思う。
土方の鋭い視線の先を追って、それが沖田の顔ではなくてもっと下、胸元へ注がれているのに気が付いたから、大胆に寛げたままだった襟元を掻き合わせた。それから、心底うんざりした顔を作る。
「俺ァ「おい」なんて名前じゃねェんですけど」
「あ?」
「倦怠期の夫婦じゃねェんだからやめてくだせェ。つーか様付けで呼べよ土方」
「なにどさくさに紛れて呼び捨てにしてやがる。お前こそ様付けで呼べよコラ」
「だーかーらー、お前じゃなくて沖田様だろィ。もしくは沖田副長でも可」
「アホか」
土方が吐き捨てる。沖田もむっと顔を顰める。ギシギシした雰囲気のまましばし睨み合っていたけれど、黙ったままで先に動いたのは土方だった。すっと伸びてきた腕に、殴られるのかと思い沖田も体の横で拳を握る。けれど結局、その手を振り上げる必要はなかった。
「貸せ」
拳を作ったのとは逆の方の手に握っていたスカーフが奪われて、沖田はきょとんとする。その合間に土方の長い指はするすると仕事を終えてしまった。きつくもなく緩くもなく、少し寄っていた皺を上手くカモフラージュする様にして白いスカーフが沖田の首にちゃんとおさまる。
身長差に従って、少しだけ上にある土方の目を下から見つめて沖田は感心する。けれど土方は、邪魔くさそうに沖田の視線から逃れてさっさと歩き出した。
「飯食いに行くぞ」
ぶっきらぼうに言われて、沖田は少し躊躇った。けれど、結局土方の背中を追うことにする。
自室からするりと出て来た沖田は、隊服のベストも上着もちゃんと着込んでいたが、シャツの胸元だけは大きく寛げていた。山崎の手によってきっちりアイロン掛けされていたはずのスカーフは、沖田の手の中で皺を寄せている。けれど、そんなことは気にも留めないで、廊下に出た沖田はまっすぐに空を見上げていた。外勤が主の沖田にとっては、食事のメニューに次いで重要事項である天気を確かめる為だ。近藤は毎朝ちゃんと結野アナの天気予報を確認しているし、土方は新聞の気象情報欄へ几帳面に目を通しているけれど、沖田にはそういった習慣はない。その代り、朝の空を見上げて天候の予想を付けるのが沖田の日課だった。
(さてさて、今日のお天気は…)
気象の知識も予報の技術も持ち合わせないから、沖田の予報はどう転んだってあてずっぽうなのだけれど、これで結構的中率は良い方だと実は密かに自負している。集中してじっと空を見る。
沖田がこんな風に毎日空を見上げることを知っている近藤は、ある時しみじみとこんなことを言った。
「総悟の目が青いのは、空の色なんだろうなあ」
近藤は、ゴリラなのだが乙女でもあり、そして少年の心も忘れていない素敵なゴリラなのである。その時の近藤は、空を見上げて天気を見極めている沖田の隣でとんぼのめがねは云々と童謡を口ずさんでいた。
沖田は近藤に「スカイブルー」と称された目を幾度か瞬く。けれど、唐突に「おい」と呼びかけられて集中力がぶつりと途切れた。
「だらしねェ恰好で何ぼんやりしてやがる。身支度は部屋で済ませて来い」
声のした方へ振り返れば、沖田とは違ってきっちりと隊服に身を包んだ土方が不機嫌な顔で立っていた。これじゃあ、清々しい朝を迎えた沖田まで気分が悪くなる。迷惑な人だなァと沖田は思う。
土方の鋭い視線の先を追って、それが沖田の顔ではなくてもっと下、胸元へ注がれているのに気が付いたから、大胆に寛げたままだった襟元を掻き合わせた。それから、心底うんざりした顔を作る。
「俺ァ「おい」なんて名前じゃねェんですけど」
「あ?」
「倦怠期の夫婦じゃねェんだからやめてくだせェ。つーか様付けで呼べよ土方」
「なにどさくさに紛れて呼び捨てにしてやがる。お前こそ様付けで呼べよコラ」
「だーかーらー、お前じゃなくて沖田様だろィ。もしくは沖田副長でも可」
「アホか」
土方が吐き捨てる。沖田もむっと顔を顰める。ギシギシした雰囲気のまましばし睨み合っていたけれど、黙ったままで先に動いたのは土方だった。すっと伸びてきた腕に、殴られるのかと思い沖田も体の横で拳を握る。けれど結局、その手を振り上げる必要はなかった。
「貸せ」
拳を作ったのとは逆の方の手に握っていたスカーフが奪われて、沖田はきょとんとする。その合間に土方の長い指はするすると仕事を終えてしまった。きつくもなく緩くもなく、少し寄っていた皺を上手くカモフラージュする様にして白いスカーフが沖田の首にちゃんとおさまる。
身長差に従って、少しだけ上にある土方の目を下から見つめて沖田は感心する。けれど土方は、邪魔くさそうに沖田の視線から逃れてさっさと歩き出した。
「飯食いに行くぞ」
ぶっきらぼうに言われて、沖田は少し躊躇った。けれど、結局土方の背中を追うことにする。