一番の嘘と、一番の愛を
「……ざ、に、イザ、にい……イザ兄!」
「家…っ(兄さん…っ)」
遠くから二つの声が聞こえた。意識を引っ張り上げようとするかのように、その声は強く響き反響する。
酷く重たく感じる瞼を抉じ開けて、臨也は入り込む光に端整な顔を顰めた。
「イザ兄!よかったぁ…ずーっと眠りっぱなしだったんだよ!もう本当に永眠しちゃうかと思ったんだからあ…」
「覚、安…(目を開けてよかった…)」
目を覚ました臨也に対し、彼の双子の妹達がベッドの両サイドから身体を乗り出しシーツにしがみつく。
何時もの何処か飄々とした様子は欠片もなく、本当に心配し、そして安堵したように涙を溢していた。
珍しい光景に苦笑して、臨也はそろりと両腕を上げ、妹たちの髪をくしゃくしゃと撫でた。
そして明晰な頭の中で考えていたのは、悲しく残酷な、恐らく現実であろう予測。
「ねぇ、」
「何、イザ兄?」
「疑?(どうしたの?)」
「……帝人君はさ、」
帝人君、その言葉を聴いた瞬間、二人の身体がびくりと震える。それを認めて臨也はあぁやっぱりと悟った。
「イザ兄、その、ミカド…先輩はね、」
「兄、護……既(兄さんを庇って……もう)」
「……そっか」
もう、全て思い出せる。騒がしい街、隣の君、そして、突っ込んできたトラック。
赤に塗れた、世界。
君は、君はもうこの世界には――。
(嘘吐きだね、君は。俺が眠ってしまっても、傍にいてくれるんじゃなかったの?)
至って冷静を装ったが、実際はみっともなく泣き出しそうなほど心は荒れ狂っていた。
帝人君帝人君、みかどくん。もういない子供の名を繰り返し胸中で叫ぶ。
するとふと両手に違和感を覚えて、双子の頭から両手を離し目の前に翳す。
蛍光灯に反射して、指輪がきらりと光った。両手の人差し指に嵌められていたはずの指輪は、左手の薬指にのみ今は嵌められてる。
どうして、あれは夢だったんじゃ。
双子が不安げに臨也を呼ぶ声も耳に入らず、臨也は混乱する。しかし。
(……さいごに、俺に会いに来てくれたのかな)
消えた指輪もそれなら納得できるし、何より凄く嬉しい。
『臨也、さん』
声がすぐに蘇る。大好きな、大切な、きっとずっと忘れない。沢山の人間のたった一人。
柔らかな笑み、拙いキス、純粋な告白、抱きしめた体温。
(……大好き。愛してるよ、ずっと)
遠くにいってしまった子供を胸いっぱいに想って、臨也は左手薬指の指輪に口付けをした。
作品名:一番の嘘と、一番の愛を 作家名:朱紅(氷刹)