School Days 7月 side狩沢
狩沢が気付かないうちに、担当教員は既に教室から消えており、いつの間にか元いた場所から少し離れて自分たち以外の生徒を教室から避難するよう門田先輩が促していた。
「いやぁー。よくこんな暑い教室で活動なんか続けられるよねー。新羅とか汗でびっしょりじゃん。シズちゃんも汗出てる? 個人的には、体の機能不全で汗が出なくて、体温を下げようにも下げれないシズちゃんが教室の床でのたれ苦しんで死ぬ様子を見たいもんだけどさ」
「ごちゃごちゃごちゃごちゃと・・・・・・死ね!」
静雄は手近にあった椅子を一つ掴んで臨也に向かって投げる。
臨也はそれを軽々とかわし、近くの机の上に立ち挑発するように静雄を見る。
狩沢はそんな教室の様子に微動だにせずただ黙って見ていた。
新羅は嫌そうな顔をしながらも静雄に向かって僅かに歩みを進め、声を掛ける。
「やめときなって、静雄。ここじゃ他の人にも迷惑かかるでしょ」
避難誘導を終えたのか門田の割って入って静雄を宥めようとする。
「静雄。これ以上やったら保険きかなくなるかもしれねぇぞ」
「・・・・・・ッ、でもよ」
「絵理華ちゃんだっているんだからね?」
何か言いたげな静雄だったが、新羅の言葉を聞くとしぶしぶ臨戦態勢を解き、腹立たしそうな目で臨也を睨みつける。
「アレー!? シズちゃんどうしちゃったの!? 友達失うのが怖くて動けなくなった?」
「臨也」
臨也に歩いて向かっていった門田は臨也を机から引きずり下ろすと、頭に一発拳骨を入れる。
いったー、と頭を手で押さえながらわざとらしい表情で門田のほうを見る臨也。門田は特に気にした様子も無く、今度は平手打ちを後頭部に食らわす。
「ちょ、ドタチン。ほんとに痛いから」
「これぐらいの罰受けろ」
「何で俺が受けないといけないんだよ」
「こうなったのはお前の責任だからだ」
「・・・・・・ちょっと」
ずっと黙ったままだった狩沢が徐に口を開いた。
一番傍にいた静雄だけでなく、他の三人もそろって狩沢の方を向く。
狩沢はゆっくりと立ち上がって、下に向けていた顔を上げる。
「こ・・・・・・こ、これ、何て名前の天国ですか!? 現実にこんなセリフ使っちゃって良いわけ!? マジ萌えなんだけど!?」
喜々として狩沢の表情が教室に残った四人に向けられる。
「あぁー! 静雄先輩のそのツンデレっぷり凄くいい! むしろ最高! このシチュエーションでBL妄想って・・・・・・涎が止まらないんだけど!? どうしてくれようか!?」
「え、絵理華ちゃん?」
狩沢の理性崩壊に新羅は軽く引く。
目の前にいる静雄は何を言われているか分からない様子である。
「っていうか、彼が来た瞬間に照れて怒るとかツボ過ぎる! それより、ドタチンて何!? あだ名のセンスが問われる!」
「それ、いい意味で言ってくれてんのかな」
臨也はいい笑みを浮かべて狩沢の方を見る。
しかし、今は完全に自分の世界に入っているのか、誰の声も聞こえない様子だった。
「ドタチンのセリフも中々心を擽る、鷲掴みにするやつだったと思うよ! うん、天然素材が成せる業ってやつかな?」
「ドタチン言うな」
門田は呆れたように狩沢を見る。その目はまるで昔から彼女のことを知っているかのようで、後に新羅や静雄はそれを母の目だと名付ける。
世話好きの門田君だもんね、と新羅は笑顔で言いのけるだろう。
その後も狩沢の大きな独り言は留まるところをしらず、ようやく落ち着いたところで静雄が狩沢の頭の上に手を乗せる。
「あー・・・・・・落ち着いたか?」
「あ、ごめんなさい! つい、調子に乗っちゃって」
「絵理華ちゃんって波に乗ったら凄いことになるんだね」
「えへへ」
「いや、きっとそれ褒めてないと思うぞ」
ようやく落ち着きを取り戻した教室には、数分後非難した生徒が戻ってきて再び活動を開始した。
その日の活動が終わる頃には臨也はいつの間にか準備室から姿を消しており、教室から仲よさそうに帰る四人の生徒が見られたらしい。
狩沢は四人で帰る途中に先程出来たばかりの悩みを口にする。
「ていうか、いきなりあの呼び方止めて欲しいんだけどなぁ」
「あぁ、さっきの?」
新羅は後ろにいる狩沢の方に振り向き、呟きのような声に返事をする。
狩沢の横に居る門田は、彼女が何のことを言っているのか分かっているようであり、軽く目を閉じ溜め息をつく。
静雄は過去の出来事を思い出し、バツの悪そうな顔をしていた。
「あ、静雄先輩。あのことは全然気にしてませんからね! むしろ、あの出来事がきっかけで知り合いになれて仲良くなれたんですから」
「そうだ、静雄。お前が気にすることじゃねぇよ。アレは完全に臨也のヤツが悪い」
「でもよ・・・・・・」
「もう二ヶ月も前のことでしょ。気にしすぎだって」
「あぁ、ありがとな」
「そのことより、私はさっきのアレの方が個人的には嫌だけど」
「アイツには関わらないほうがいい、狩沢。お前が不幸になるだけだ」
「静雄を関わってる時点で関わるなっていう方が難しいけどね」
悪気もなく新羅が言った言葉に静雄は少し心を痛める。
自分のせいで狩沢が自分の最も嫌いなやつと知り合いになってしまったことを責めてか、思いつめた表情を浮かべる。
「し、静雄。冗談だって」
「気にするな、静雄」
新羅と門田が静雄のフォローに入る。
落ち着いているときの静雄は怒っているときと本当に様子が違うな、とその様子を眺める狩沢。
「まあ、絵理華ちゃん・・・・・・・って僕は呼んでもいいかな?」
「新羅先輩は全然大丈夫ですよ。けど、あんなほとんど初対面の人に言われたらって話です」
「うん。それじゃあ安心だね」
小さな大きな現役高校生の悩みを沈みかけている夕日がすべてを洗い流してくれるような気がした。
夕方の夏の池袋の放課後は少し暗いけど光が灯っていた。
「ところで、新羅先輩は何でいたんですか?」
「あぁ、私は先生直々に頼まれたんだよ」
「文化祭実行委員に?」
「ううん。静雄のストッパー。断ったんだけどね、無理だった」
「あぁー、なるほど」
作品名:School Days 7月 side狩沢 作家名:大奈 朱鳥