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【春コミ本】終日、哀が迷子。【臨帝】

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ここ数日、雨が止まない。
 ひやりとした空気と、外から漏れてくる、囁くような雨の音で、帝人は目が覚めた。壁にかけられたシンプルな時計に目をやると、まだ朝の時間には程遠い。
 この時間に目覚めることは、何度もあった。むしろ朝まで起きない方が珍しいくらいだ。ここが自分の部屋でないからか、傍に自分以外の人間がいるからか、理由はわからないが、この時間の耳鳴りを起こさせる沈黙を、帝人は密かに気に入っている。
 体温がすっかり移って温い毛布を掛け直し、帝人はすぐ横で眠っている男の顔をじっと眺めた。彼は帝人と違い、いつも夢の世界から帰ってこない。もしかすると帝人が眠っている間、彼が起きていることがあるのかもしれないが、少なくとも帝人がこうして起きている間に彼が目を開けたことはない。
 帝人は何度か手を彷徨わせた後、そっとガラスに触れるかのように、おそるおそるといった手つきで彼に触れた。彼――臨也の顔は、起きている時よりずっと幼い表情をしている。本当に子供に戻っているかのような、そんな顔だ。
 ――普段はゆっくり眠るなんて、そんなことできないからねえ。いつ何時仕事が入るかわからないし、突然シズちゃんがやってきて、俺を殺そうとするかもしれないし。油断大敵ってことさ。
 そんなことを以前、臨也が口にしたことを思い出す。本人は平然とまるで冗談を聞かせるような口調だったがそれはまぎれもなく事実なのだろう。臨也はいつも張りつめた空気を持っている。それは帝人と一緒にいる時でさえ、変わることはなかった。
 だから帝人はこうして、無防備な彼を見、触れることに安心を覚えていた。彼の傍にいることを許されている気がしたからだ。
 頬を撫でる。その柔らかな感触を堪能する度、帝人は何度声を出そうとしたか。けれど結局出るのは重みのない空気だけ。
 そして今日もまた、帝人の吐いた息だけが、空間に響き渡る。木霊し、それを噛みしめれば余計に泣きたくなった。それを懸命にこらえる。
 たとえ臨也が起きていなくても、臨也の前では決して涙は見せたくなかった。
 もちろん帝人の小さなプライド(きっと臨也は揶揄して一蹴してしまうのだろうけれど)もあるが、その決心こそ、今帝人を唯一動かしている力であったから。
(臨也さん、)
 名前を呼ぶという行為は、特別な力が込められていると帝人は思っている。
 こんなにも、こんなにも誰かの名前を呼ぶことに躊躇い、戸惑い、愛しさを感じたことがあっただろうか。こんなにも、自分の感情に飲まれそうなことが、かつてあっただろうか――。
 帝人は何度も自問自答を繰り返す。彼に抱かれた日から。いや、彼と出会って、彼を好きだと自覚した瞬間から。もう何度も、何度も。
 きっと、臨也は知らない。こんな帝人が存在することを、知らない。
 そして帝人は、それを知られたくないと思う。
 きっと臨也はこんな自分を重いと感じるに違いない。人間愛を謳い、人間も自分を愛するべきだと言って憚らない彼だけれど、実際一個人としての愛を向けられると全力で拒絶する。「俺が求めてるのはそういうんじゃないんだよ。そういうのはいらないんだ。迷惑」そんなことを普通に言ってのけるし、実際言われた少女を帝人は知っている。
 だからこそ、帝人は自分の心情を臨也に吐露しようとはしなかった。したくもなかった。したらどうなるか、帝人はよくわかっていたからだ。
 この温もりを知らなければ、そういう関係だったと割り切ることが出来たかもしれない。つらいけれどそういう人だったのだと、思えたかもしれない。けれど帝人はもう引き返せないところまできていた。
 臨也の優しい、柔らかなところに手が届いた時、帝人は理解してしまった。もう、彼から離れることなんてできないのだと。愛してしまった。愛して、受け入れてしまったのだと。
 その瞬間に、絶望して放り投げたらまだよかったのだが、帝人は素直に嬉しいと思ってしまった。
(きっと、臨也さんはこんな僕をいらないとかうっとおしいとか、思うに決まってる。この人はそういう人なんだから。すぐに、切り捨てられる人だから。なら僕は、それを受け入れられるようになろう。僕はもう、前の僕じゃない。この人によって、この人の手で、この人の好きなように、作り変えられてしまったんだから)
 それを不幸と思えず。
 幸福だと、静かにまた息を吐き出す。
 そうして夜がまた淡々と過ぎていくのを、帝人は何故か淋しいと思ってしまった。



(中略)



「別れよっか」
 それを口にしたのは臨也だった。温かな日差しが部屋に零れ、休日を堪能していた雰囲気の中、突如持ちかけられた別れ話に、帝人はいつかと同じ顔をした。
 デジャビュだ、と臨也は思ったが、何てことはない。付き合おうと彼に持ちかけた時に見た顔と、まったく同じだったのだ。彼は表情すらもボキャブラリーが貧困なのか、と思わず笑ってしまう。
「別れよっか、帝人くん」
 もう一度唱えると、彼は臨也から目を逸らし、その言葉を噛みしめるように、静かに目を閉じた。傍から見れば、彼が傷ついているかのように見えるかもしれない。しかしそんなことは絶対にないのだと、臨也は知っている。
 この少年の心の奥を、臨也は決して覗くことができない。
「オーソドックスに、理由を聞いてもいいですか?」
 淡々としたその言葉は、臨也が望んでいたものではなかった。臨也の方もそうなることはわかっていたけれどやはり面白くないものは面白くない。
「オーソドックスに、飽きたからだよ」
 飽きたという回答が果たして一般的なのかどうかはこの際隅に置いておく。臨也は手を組み、そこに自分の顎を乗せて帝人の反応を窺った。
 帝人は表情を少しも変えない。揺れるのは彼の手の中にあるティーカップの紅茶だけ。以前彼が「これ美味しいですね」と言ってから常に置いていたものだ。彼がいなければきっと、この銘柄は少し楽しんだ後、見向きもされなかっただろう。臨也は味と香りさえ楽しめればそれで良く、銘柄にこだわりはない。
 そう、臨也は好きなものは好きだけれど、そこにこだわりなど見出せないのだ。
「飽きた、んですか」
「うん」
「そうですか」
「もっと何か言うことないの?俺が言うのもなんだけど、結構理不尽なこと言われてるじゃない。何か――文句の一つでも言ってみたら?」
 君はいつだって、と思わず口にしてしまいそうで、臨也は慌てて唇を噛みしめた。その焦りは、運良く帝人に伝わらずに終わる。
「文句なんてありませんよ」
「またまたー、なんなら今まで不服だったことでもぶちまけてみたら?すっきりするかもよ?だってこれが最後になるかもしれないんだから」
 自分で言っておいてなんだが、その言葉がずんと重く臨也に圧し掛かる。
 一体いつから。
 その疑問と、ここ最近ずっと臨也は戦っている。
「文句を言って、臨也さんが変わるなんてちっとも思えませんよ」
 そう言って笑う少年の顔は儚く、けれど臨也はその顔が好きだった。好きだと、思った。
「それに、臨也さんは嘘だって思うかもしれないけれど、僕、臨也さんに文句とかなかったです」
「嘘」