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【春コミ本】終日、哀が迷子。【臨帝】

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「やっぱり信じてくれないんですね。まあ、いいですけど。臨也さんが信じようが信じまいが、同じことです。僕は、貴方に文句なんて一つもありませんでした」
 なら。
 顔を俯かせず、こちらを見てはっきりそう口にすれば信じてやる。けれどもそうしないのは君じゃないか。
 また唇を噛みしめると、言葉が出せない分、重い気持ちが奥に沈んでいく。もうこの感覚を味わうのは何回目だろうか。いい加減飽きてしまう。
 表面的には普通の態度でも、内面はとんでもなく荒れている臨也の心。
 けれども対称的に帝人は淡々としている。それが余計に腹立たしく、乱してやりたい衝動に駆られてしまう。自分だけがこんな様で、目の前の高校生はなんでもないような顔をしているなんて状況が、本当にありえない。
「いきなり別れ話を切り出してきたのに、文句なんてないって?」
「そういう気まぐれも、臨也さんでしょう?」
「へえ、すごいなあ!帝人くんの心の広さに脱帽だよ!そんなに優しい子だったなんて知らなかったなあ。いや、知ってたけど」
「どっちですか」
「どっちでもいいじゃない。そんな大した問題じゃないでしょ」
 そう、今問題にするべきなのは、二人の関係をどうするかで。
 臨也はもうすでに選択肢を帝人に委ねている。だから決めるのはそっちだ――と視線だけで訴えれば、帝人は一つ息を吐いて、返事を出す。
「臨也さんの好きなようにすればいいですよ。臨也さんが僕に飽きて、僕と別れたいというのなら、じゃあ別れましょうか」
 始まりと同じように、平坦な声音。
 臨也の中で、チリリと燃える音がした。命が燃える音ではない。感情が燃える音だ。
 その燃えている根源――今も赤く色づくその炎は、一体何なんだろう。
 その炎を持て余したまま、臨也は組んでいた手を離し嵌められている指輪をなぞった。高そうな指輪ですね、なんて言って眉間に皺を寄せながらこれを突いていた帝人を唐突に思い出す。何故今それを思い出したのかわからない。あの時この子はなんて馬鹿なんだろうと思ったのだけれど、今はなんだか別の感情を見出せそうな気がした。
 結局、それはわからないままなのだけれど。
「君はそれでいいの?」
「…その質問の意味がわかりません」
「そのままだよ、君は、このまますんなり別れてもいいの?」
 その時。
 彼の瞳の奥に静かな想いを見つけたような、そんな気がした。あまりにも一瞬で、見間違えたかもしれないと思うような、そんな儚いものだったけれど、確かに見つけたと、臨也は思ったのだ。
 自分と同じ色。
 自分と同じ感情。
 ああ、それに触れることが出来たら。帝人はきっとそうさせまいと最大力の防御を展開するのだろうが、臨也が触れたいものは、そういうものなのだ。
「臨也さんが別れ話をしてきたのに、変な話ですね。いいじゃないですか、付き合おうと持ちかけてきたのは臨也さん、別れ話を切り出したのも臨也さん。それだけですよ。僕は何も言いません。さっきも言いましたけど、文句は一切ないんです。だって、僕は臨也さんという人間を知っていて、臨也さんと付き合っていたわけなんですから」
 そうしてまた引かれた一線を、臨也はなぞる。
 その行為を何度繰り返したところで、何も変わらないことは臨也が一番知っているはずなのに、そうすることが本当は大事なことのような気がして、馬鹿の一つ覚えみたいに何度も何度も、なぞる。
(君にはきっと、俺の気持ちなんてわからないんだろうね。隠しているのは俺だけど、踏み込もうともしない君には掠りもしない。別に哀しいことじゃないけどさ、何だろうね。何で、俺は勝手に泣きそうになるんだろ。たまに、たまに、君のことが本気で憎たらしくてたまらないよ。帝人くん、本当に、君は、)
 その続きを紡ぐことなく、臨也は目の前のカップに触れた。帝人が持っているものと揃いのものだ。中に注がれていた紅茶はすでに飲み干してしまったので、そこに自分の惨めな顔が映らないのが、臨也にとっての唯一の幸福点だった。