赫く散る花 - 桂 -
「見舞い、持ってきてやったぞ」
「へえ、なに?」
紙袋を銀時に手渡す。
「……アレ? 軟弱なものとか言ってなかったっけ?」
中身はいちご牛乳が五個である。
桂は顔を背けた。
「まァ、いいけど。てゆーか、ありがとな」
礼を言われて気恥ずかしかったので、誤魔化すように、またフンと鼻を鳴らす。
「……冷やしておいたほうがいいだろう?」
そう言って手を差し出すと、紙袋が戻ってきた。
サイドテーブルの下にある冷蔵庫にいちご牛乳を入れる。入れ終わると、紙袋を畳んでサイドテーブルの上に置いた。
そして、背のないイスをベッドの枕元の横に移動させ、そこに座る。
「身体の調子はどうだ?」
「全然へーき。すっかり治っちまって、今すぐ退院してもいいぐれェだ」
「それは嘘だな」
「いや、ホントホント」
銀時は二発撃たれていた。惣兵衛の撃った弾の数はもう少しあったのだが、佐一郎のまえに桂が飛びだし、さらに銀時が飛びだしたので、動揺してしまい、二発以外は誰にも当たらなかったのだ。
幸いにして、銀時の身体を撃った二発の銃弾はどちらも急所から外れていた。
もしも急所を撃ち抜いていたら、と想像するとゾッとする。
あの時のことを思い出し、連鎖的にその直後のことも思い出す。
「……お前、知っていたんだな」
「あ?」
「俺の異名の由来だ」
「ああ、狂乱の貴公子、か」
「そうだ」
「たまたまちょっと聞いたことがあるだけだ。……天人を血祭りにあげたんだってな?」
桂は眼を逸らした。
そして、話し始める。
あれはまだ戦に身を投じたばかりの頃で、銀時と出逢った軍とは違う軍にいた。
桂の剣の腕前は抜きんでていて、戦の際には仲間の誰よりも多くの敵を倒し、また、危機に瀕した仲間を幾度も救った。
やがて、仲間から頼りにされるようになっていた。
ある日、潜伏先の近くの村が天人軍に襲撃されているとの知らせが届いた。天人軍の食糧がつき、略奪目的で村に攻撃をしかけたのだという。
桂のいた軍はすぐにその村へ向かった。もちろん、助けるために。
村に到着し、なかに入っていったが、ひどい有様だった。
村人はたいした抵抗もしなかったはずなのに、かなり多くの人々が殺されていた。
桂たちは村で略奪と殺戮を続けていた天人どもと戦った。
逃げる天人を追ううちに、桂は家のなかに入った。
そこで、目撃した。
天人が村の娘を犯しているところを。
その瞬間、眼のまえにいる娘と彼女の顔が重なって見えた。
彼女が天人どもに蹂躙されている時、自分は郷里に戻っていて助けることができなかった。
江戸に帰ってそのことを知って、逢いにいったが断られた。もしも、あの時、自分がもっと食い下がっていれば、違う返答をしていれば、彼女は自ら命を絶たなかったかも知れない。
その後悔と、そして彼女を苦しめた天人に対する激しい怒りと憎しみがよみがえった。
頭のなかが真っ白になった。
なにも考えることはできず、身体の奥底から猛烈に沸いてくる怒りと憎しみに突き動かされた。
作品名:赫く散る花 - 桂 - 作家名:hujio