酸素に喘ぐ
倉庫内に照明は取り付けられておらず、両足に力を込めて重量のある扉を左右から中央へと手を取らせるようにして閉じれば内部はあっさりと暗くなる。
そのような体育で使用する用具を収めている、埃の支配する体育倉庫に先程使い終えた用具の幾つかを、己に割り振られた役割通りに元ある配置に戻していた。片付けが終了すれば扉を閉じ切る予定なので、片方を真ん中にまで寄せ、薄暗い倉庫内でチャイムの聴き慣れたメロディーを遠くにしつつ程々に手際よく。次の時間割はお昼休み、故に若干余裕があるとはいえ舞う埃にくしゃみが出てしまいそうであるので。
棚に長い時間を掛けて降り積もった埃達を指で掬う。途端にこそげ取ることが出来る位の埃が付着する。大掃除が待ち遠しいと思いながら用具を片づけ終えたので、倉庫から退場しようと扉側へ振り向こうとした間際。扉が重苦しい軋んだ声を上げ、もたらされた暗闇に曖昧であったが不安のなかった視界が奪われた。
たった今察知したばかりの背後の気配が濃くなる。片腕を突然掴まれ、引っ張られるままにマットの上に転がされる。立て直そうとした身体の丁度腹部に軽い衝撃、起き上がれない此方の喉元に冷やりとした感触がしたと思えば力を籠められ、余り大幅な体格差がありそうではなく拘束が解けそうにも関わらず、抵抗虚しく時間の経過を伴って節理に従い、段々と酸欠になっていくのが分かる。喉元の痛みのみがくっきりとしたものでいて、薄くなる視界に身体の力が抜ける。握った拳が次第に開く。瞼が降りる。
と、突き放されるようにして解放された。涙ぐみつつ咳き込むばかりの此方が落ち着くのを待っていたとでも言うように、間を挟んだ加害者は耳朶へと囁く。表情は未だに暗闇が包む為に判別は不可能に近い。けれど、そのあどけない声音には確かに聞き覚えはあるので特定にさほど苦労はない。
少しでも考えたことはありませんか、先輩が俺に恨まれている可能性を。
そうして唯一の出口である扉を開閉して立ち去る小柄な後ろ姿を見るのは、このように学校で、通学路で、人の気配のない区域で、己の住むアパートでも、一人きりで居たならば幾ばかあるので決して初めてではなかった。
ちなみに、彼の前では常の呼び名を口にしてはいない。君だの、ねえだの個人を指すもの以外である。その度に彼は勿論気に留めては大変不服そうに言う。名前で呼ばないんですね、と。
そのような体育で使用する用具を収めている、埃の支配する体育倉庫に先程使い終えた用具の幾つかを、己に割り振られた役割通りに元ある配置に戻していた。片付けが終了すれば扉を閉じ切る予定なので、片方を真ん中にまで寄せ、薄暗い倉庫内でチャイムの聴き慣れたメロディーを遠くにしつつ程々に手際よく。次の時間割はお昼休み、故に若干余裕があるとはいえ舞う埃にくしゃみが出てしまいそうであるので。
棚に長い時間を掛けて降り積もった埃達を指で掬う。途端にこそげ取ることが出来る位の埃が付着する。大掃除が待ち遠しいと思いながら用具を片づけ終えたので、倉庫から退場しようと扉側へ振り向こうとした間際。扉が重苦しい軋んだ声を上げ、もたらされた暗闇に曖昧であったが不安のなかった視界が奪われた。
たった今察知したばかりの背後の気配が濃くなる。片腕を突然掴まれ、引っ張られるままにマットの上に転がされる。立て直そうとした身体の丁度腹部に軽い衝撃、起き上がれない此方の喉元に冷やりとした感触がしたと思えば力を籠められ、余り大幅な体格差がありそうではなく拘束が解けそうにも関わらず、抵抗虚しく時間の経過を伴って節理に従い、段々と酸欠になっていくのが分かる。喉元の痛みのみがくっきりとしたものでいて、薄くなる視界に身体の力が抜ける。握った拳が次第に開く。瞼が降りる。
と、突き放されるようにして解放された。涙ぐみつつ咳き込むばかりの此方が落ち着くのを待っていたとでも言うように、間を挟んだ加害者は耳朶へと囁く。表情は未だに暗闇が包む為に判別は不可能に近い。けれど、そのあどけない声音には確かに聞き覚えはあるので特定にさほど苦労はない。
少しでも考えたことはありませんか、先輩が俺に恨まれている可能性を。
そうして唯一の出口である扉を開閉して立ち去る小柄な後ろ姿を見るのは、このように学校で、通学路で、人の気配のない区域で、己の住むアパートでも、一人きりで居たならば幾ばかあるので決して初めてではなかった。
ちなみに、彼の前では常の呼び名を口にしてはいない。君だの、ねえだの個人を指すもの以外である。その度に彼は勿論気に留めては大変不服そうに言う。名前で呼ばないんですね、と。